翻訳が拡張する相互理解の可能性
トランスレーションズ展 −「わかりあえなさ」をわかりあおう

「21_21 DESIGN SIGHT」企画展「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」

 現在、六本木エリアに位置する「21_21 DESIGN SIGHT」にて企画展「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」が開催されています。

本展ではアートやデザインの領域をまたぎ、国籍を超えて様々な表現媒体に携わる情報学研究者のドミニク・チェン氏を展覧会ディレクターに迎え、「翻訳=トランスレーション」と呼ばれる行為をある種の「コミュニケーションのデザイン」と捉え、同テーマを軸に、「わかりあえないものをわかりあうため」の21プロジェクトを7つのセクションに分けて展示しています。

今回の記事では、いくつかの展示作品をピックアップしてご紹介します。
 

Ferment Media Research「NukaBot v3.0」

Ferment Media Research《NukaBot v3.0》

「NukaBot v3.0」(以下NukaBot)は発酵ロボット。本展の展覧会ディレクターであるドミニク・チェン氏も開発に携わっています。話しかけると、ぬか床のコンディションを伝えてくれます。

今まで聞くことのできなかった、微生物の声に耳を傾けることができるロボットです。人間とぬか床の間を取り持ってくれる翻訳装置でもあり、生活のパートナーと言えるでしょう。

毎日ぬか床をかき回しているうちに、食品を作るための道具以上の愛着を覚えた人は今も昔もたくさんいたでしょう。しかし、ぬか床と言語を通じてコミュニケーションを取ろうと考えたことがある人はあまりいなかったと思います。

ですが、NukaBotに触れた経験が一度でもあれば、その可能性を想像できるはずです。翻訳はコミュニケーションの概念を拡張し得るでしょう。
 

エラ・フランシス・サンダース「翻訳できない世界のことば」

エラ・フランシス・サンダース《翻訳できない世界のことば》展示風景

アーティスト、エラ・フランシス・サンダースが世界中から集めた、一言で表すことができない世界の固有名詞、つまり「翻訳」できない語彙が展示されています。

エラ・フランシス・サンダース「翻訳できない世界のことば」

別言語では置き換えることができない固有名詞たちはサンダースの文章、イラストとともにそのニュアンスを解読され私たちに提示されています。

文化、言語を共有していれば1語で「通じて」しまう単語を解体し、その言語、文化を体感的に解さない人々に向けて翻訳する試みは、常に文脈と抱き合わせになって成立している言語の一部を取り出し、そこに割り当てられた意味を再検証、再定義する実験のようにも思えました。

この試みは、初めてその固有名詞に触れる人のみならず、それを母語で理解する人にも新たな発見を与えるでしょう。
 

清水淳子+鈴木悠平「moyamoya room」 

清水淳子+鈴木悠平《moyamoya room》

こちらは、グラフィックを使い、対話をリアルタイムで可視化していくグラフィックレコーディングという手法で、各々が抱えた「もやもや」を紐解いていくというものです。

本展にはその時の様子を捉えた映像と実際のグラフィックレコードが展示してありました。今回のプロジェクトに参加した5人は、初対面でそれぞれが異なるもやもやについて話し、その内容をグラフィックレコーダーの清水淳子氏が記録していきます。

あえてこの言葉を使いますが、5人とも一見ごく「普通」の人々です。ですが、それぞれが目には見えない生きづらさを抱えています。例えば、参加者のうちの1人は子供のいる女性と結婚し、初婚でステップファザー(養父)になってからの日々に感じるもやもやについて語っていました。 
 

清水淳子+鈴木悠平《moyamoya room》展示風景

初対面かつ、社会的背景も異なる5人のセッションですが、終始なごやかな雰囲気で、進行していきます。完成したグラフィックを見て、もやもやが「翻訳」された参加者の晴れやかな表情も印象的でした。

日常的なコミュニケーションでは、言葉などでアウトプットする時、意味や一貫性を求められたり、誤解されたりすることも多いでしょう。正しく伝えなくてはというプレッシャーや、どうせわかってもらえないというあきらめから、何も言えなくなり、1人で生きづらさ(もやもや)を抱え込まざるをえないこともあります。

だからこそ「わからなくてもいい」「わかりあえなくてもいい」という前提で育むことができるコミュニケーションの可能性を模索したプロジェクトだと思いました。

個人の生きづらさの裏には社会の問題があります。そのもやもやを可視化し、共有することの意義は計り知れません。

フランスのSF作家ジュール・ヴェルヌが残したとされる「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」という言葉がありますが*、本展を通し、翻訳の大きな機能とは想像できるものを増やすことだと感じました。

「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」は一般的な企画展に比べ長期の開催です。

ぜひ「翻訳」によって拓かれる、多様な可能性を体感してみてください!


*参照元:「ジュール・ヴェルヌ」 『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://w.wiki/qka)。2020年12月16日17時51分(日本時間)




開催概要
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会 期:2020年10月16日(金)~2021年3月7日(日)
会 場:21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー1&2
休 館:火曜日(2月23日は開館)、年末年始(12月26日~1月3日)
時 間:平日11:00~18:30/土日祝10:00~18:30
*開館日の入場は平日・土日祝とも18:00まで
料 金:一般1200円、大学生800円、高校生500円、中学生以下無料


※その他詳細や最新情報についてはこちらからご確認いただけます。
 

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