【5月26日開館!!】杉本博司が現代において幻視する仮想浄土
詳細レポート!京都市京セラ美術館の開館記念展「杉本博司 瑠璃の浄土」

《仏の海 001》1995  © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

「浄土」ー「再生」

悠久の昔、人は死を意識化し死後の世界を想うことによって人となった。そしてそれはまた文明の始まりでもあった。
私は現代にあっても、人々の魂が向かう場所としての浄土、その観想はどのような姿として現れるのかを幻視してみたいと思う。

私は昭和天皇の即位を顕彰して「大礼記念京都美術館」として昭和8年に発足したこの美術館がリニューアルされるにあたって、再生が果たされる記念展として、果たされるべき再生とは何か、と考えた時、この岡崎の地に法勝寺の八角九重の塔が聳え、白河院が院政を布いていた頃の、人々の持っていた浄土への希求の念ではないかと思うのだ。

杉本博司

引用:京都市京セラ美術館開館記念展『杉本博司 瑠璃の浄土』カタログ8頁

2020年3月19日、大規模改修を経た京都市美術館こと京都市京セラ美術館の開館記念展「杉本博司 瑠璃の浄土」のプレス内覧会が行われました。

注目度の高い展覧会にも関わらず、 新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)の影響で開館自体が3月21日から4月11日へ延期となり、一般公開までしばしお預け。一足お先に体感した同展の魅力を、詳細レポートでお届けします。
※2020年4月6日の時点で、新型コロナウィルス感染拡大防止のため、京都市京セラ美術館の開館は、5月6日(水)までを目途に、当面の間、延期となっています。
なお、今後の状況によっては、更に予定を変更する可能性がありますので、最新情報はウェブサイトをご覧ください。


※5月15日に「新型コロナウイルス感染拡大防止のための京都府における緊急事態措置」が見直されたことを踏まえ、京都市京セラ美術館の開館が5月26日からとなりました。当面の間は、府県をまたいだ移動の自粛が要請されていることから、入館者を京都府在住の方に限定するとともに、感染症対策として、事前予約制による入館制限及び入館者の体温チェックを実施します。

なお、今後の状況によっては、開館日等を変更する場合がありますので、事前予約制の詳細含め最新情報はウェブサイトをご確認ください。
(更新:2020年5月18日)

杉本博司とは

Self portrait 2018 © Sugimoto Studio

杉本博司氏は、1948年2月23日、東京生まれ、東京及びニューヨークを活動拠点としている現代美術作家です。8×10の大判カメラを使い、厳密なコンセプトと哲学に基づき制作される作品は、写真の制作過程における技術的側面も含め高く評価されています。

1976年の「ジオラマ」シリーズ制作以降、「海景」「劇場」「ポートレート」「蝋人形/恐怖の館」「陰翳礼讃」「建築」などのシリーズを発表し続けており、一貫して個人の存在を超えた時間の積み重なりや流れをとらえるためのコンセプト、方法を模索しています。

これまでにもヴェルサイユ宮殿や欧米など世界各地の美術館で個展を開催すると共に、能舞台、神社など演劇や建築に関する作品も手掛けており、2017年10月9日、構想10年建設10年の複合文化施設「江之浦測候所」を、神奈川県小田原市に開館しました。

世界的にも評価されている日本を代表するアーティストの一人であり、写真をアートにまで高めた一人でもあります。

主な受賞歴としては毎日芸術賞(1989)、ハッセル・ブラッド国際写真賞(2001)、高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)(2009)など。2010年に紫綬褒章を受章、2013年にはフランス芸術文化勲章オフィシエを叙勲し、2017年、文化功労者に選出されています。
 


瑠璃の浄土

かつて人々が死後の救いを願って希求し続けた「浄土」。杉本博司氏は、人々の魂が向かう場所として浄土はどのような姿であるか観想し、その結実の仮想浄土として、今回の展覧会「杉本博司 瑠璃の浄土」を構想しました。タイトルである「瑠璃の浄土」とは、中心の大日如来、西方の阿弥陀如来の極楽浄土に対し、東方の薬師瑠璃光如来の浄土(東方瑠璃光浄土)を指します。

この仮想浄土には寺院さながら、本堂を中心に、周囲には内陣や参道のような空間も想定されており、「京都」、「浄土」、「瑠璃ー硝子」といったキーワードにまつわる様々な、杉本作品、氏の所蔵する考古遺物等がちりばめられています。

それでは、杉本博司氏の生み出した仮想浄土を穢土(浮世)から覗いてみましょう。

会場の入り口には公益財団法人小田原文化財団の紋章(ロゴ)の入った神社幕が掲げられています


 

光学硝子五輪塔

最初の長い通路には光学硝子で出来た《光学硝子五輪塔》が整然と並んでいます。

《光学硝子五輪塔 カリブ海、ジャマイカ》2011/1980 小田原文化財団蔵


供養塔である「五輪塔」の造形は日本で独自の発展を遂げ、世界の構成要素とされる地、水、火、風、空をそれぞれ、「方形」(地)、「球形」(水)、「三角形」(火)、「半円形」(風)、「宝珠形」(空)で表現しています。

《光学硝子五輪塔 黄海、チェジュ》2012/1992 小田原文化財団蔵


「球形」の中を覗くと杉本博司氏の代表作でもあるシリーズ作品の「海景」が納められており水平線が見えます。台座には「Yellow Sea, Cheju 2012/1992」と記されており、これが「チェジュ島(済州島)」から撮られた黄海の水平線だということが分かります。

《光学硝子五輪塔 黄海、チェジュ》2012/1992  ​​​​​​​小田原文化財団蔵


 

瑠璃の箱

通路の奥には《瑠璃の箱(無色)》がまるでモノリスのように立っています。

《瑠璃の箱(無色)》2009-2020 ​​​​​​​©Hiroshi Sugimoto


こちらは杉本氏がフェティッシュな愛を抱いてきたという「光学硝子」から生まれた作品の破片を集めて作った「窓」です。窓と言ってもランダムに積まれた光学硝子が邪魔をして窓のあちら側をみることは出来ません。その代わりに《瑠璃の箱》を通じて屈折した美しい光の乱舞がみるものを圧倒します。

《瑠璃の箱(無色)》2009-2020 ©Hiroshi Sugimoto


《瑠璃の箱(緑)》と《瑠璃の箱(青)》に用いられている「緑ガラス」と「青ガラス」は1970年代まで色フィルター用の原材料として作られていましたが、環境負荷の高い重金属を使う点が問題視され、現在では製造は永久に禁止に。図録内で杉本氏がこの作品について述べた「文明の儚い一時期に作られた美と罪の結晶だ」*という表現は言い得て妙。
*引用:京都市京セラ美術館開館記念展『杉本博司 瑠璃の浄土』カタログ16頁

《瑠璃の箱(青)》2020 ©Hiroshi Sugimoto

 

《瑠璃の箱(緑)》2020 ©Hiroshi Sugimoto



OPTICKS

杉本氏が「内陣」または「ニュートン廊」と呼ぶ空間に展示されている、鮮やかな色面が目を引く作品「OPTICKS」シリーズは、杉本氏初の大判カラー写真シリーズであり、ニュートンのプリズム実験の再現と、デジタル技術を組み合わせて、15年間かけて完成したものです。

《​​OPTICKS 008》2018 ©Hiroshi Sugimoto

漆喰の壁で囲まれた薄暗い観測室で、光学ガラスにより作られた《プリズム》を用いて冬の日の出の光を分光し、その光の粒子をポラロイドカメラで撮影。ポラロイドフィルムをデジタルにスキャンし、ノイズを消す等トーンを整えています。さながら色そのものを撮った作品群はどこかマーク・ロスコの絵画を彷彿とさせます。

《​​OPTICKS 020》2018 ©Hiroshi Sugimoto

筆をカメラに、絵の具を光に置き換えて絵を描く感覚で制作されたという《OPTICKS》(参照:カタログ164頁)。ニュートンの『光学』は、それまで白色と考えられていた太陽光が赤・橙・黄・緑・青・藍・紫から成ることを明らかにしましたが、杉本氏はそれら七色の間に無限の階調を見出しています。また、仏教での物質界、世俗の世界を表す色即是空の「色」をもテーマにしています。

「杉本博司 瑠璃の浄土」展示風景 ©Hiroshi Sugimoto「杉本博司 瑠璃の浄土」展示風景 ©Hiroshi Sugimoto

ニュートンが生涯に成し遂げた重要な研究成果のほとんどは、ペストの大流行でロンドンを離れ、故郷のイギリス東部で過ごした期間に発見、証明されています。

1666年にアイザック·ニュートンによって始められた光学研究を引き継いでいる杉本博司氏の作品が展示される時に、奇しくも世界中が新型コロナウイルスによって困難な時代を迎えているのは偶然でしょうか。

会場外の廊下には《アイザック・ニュートン式スペクトル観測装置》が置かれています 会場外の廊下には《アイザック・ニュートン式スペクトル観測装置》が置かれています 《アイザック・ニュートン式スペクトル観測装置》2020 ​​​​​​​©Hiroshi Sugimoto

 

杉本氏がニューヨークでの古書オークション下見会場で偶然手に入れたアイザック・ニュートンの『光学』英語版初版 《アイザック・ニュートン『光学』初版》1704 小田原文化財団蔵



仏の海

「杉本博司 瑠璃の浄土」展示風景 ©Hiroshi Sugimoto

展示空間の中心、すなわち「本堂」には、三十三間堂にある千体もの千手観音立像と、その千体の中央に安置されている千手観音坐像「中尊」を撮影した49点の連作「仏の海」があります。

「杉本博司 瑠璃の浄土」展示風景 ©Hiroshi Sugimoto《仏の海(中尊)》1995 ※部分 ©Hiroshi Sugimoto「杉本博司 瑠璃の浄土」展示風景 ©Hiroshi Sugimoto「杉本博司 瑠璃の浄土」展示風景 ©Hiroshi Sugimoto「杉本博司 瑠璃の浄土」展示風景 ©Hiroshi Sugimoto


現在も含め古来より、生と死は人々の最大の関心事。殊にこの世を苦界と捉える仏教の影響が色濃い近代以前の日本では、苦しみから解き放たれる死後の世界「浄土」が求められてきました。

一方、現代では、死を忌避し生に固執するあまり、死後の世界に対する想像力が働かず心の病も蔓延しています。杉本氏は「 浄土を希求した人々の心の有り様に思いを馳せ、 瑠璃の浄土という仮想空間を作ってみたいと願った」と言います。

撮影の許可自体なかなか得られず、また、撮影しても49点もの写真のトーンを合わせて紙に焼くのは至難の業。昭和63年(1988)に構想してから、平成7年(1995)に撮影の許可を得、令和で「中尊」完成と、完成までに三代の御代を費やしています。

私はこの場を会場とする美術展を考えるにあたり、長い京都の歴史が私を観想せしめ、作らしめた様々な作品と、 それに付随する考古遺物や仏教美術を展示してみようと思い立った。蓮華王院三十三間堂は極楽浄土を表したものだと言われる。 それに対して薬師瑠璃光如来の浄土は瑠璃の浄土と呼ばれる。空間の内陣に極楽浄土を設け、その周りを東方浄土の瑠璃の浄土が囲み、さらに海の果てにあると言われる観音の補陀落浄土が光学硝子五輪塔に封印されて人々を黄泉の国にお迎えするという構成にした。人々はこの仮想浄土をこの世である穢土の側から見ることになる。 今は穢土と言うよりも浮世と言ったほうが似つかわしいかもしれない。 令和の世になって、前近代より近代への長い歴史を生き、京都によって育まれてきた日本的霊性ともいうべき心の在りようは、どこへと流されていくのだろうかと私は思う。今日、無数の携帯電話の電波が飛び交う洛中洛外にあって、平安遷都の頃に猛威をふるった龍神の「気」は、気を悪くしているに違いない。

引用:京都市京セラ美術館開館記念展『杉本博司 瑠璃の浄土』カタログ75頁

 

瑠璃の浄土

展示終盤には、本展のタイトルにもなっている、古墳から発見された古代ガラス玉と、室町時代の根来経箱で作られた《瑠璃の浄土》や、マルセル・デュシャンの《彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも》(通称:大ガラス)を本歌取りして杉本氏が制作した《ウッド・ボックス》の他、これまでに蒐集した古美術品や茶碗、隕石などが展示された「瑠璃の浄土」宝物殿が。改めて、杉本氏の興味の幅の広さが窺えます。

《瑠璃の浄土》2005  小田原文化財団蔵《ウッド・ボックス》2004 ©Hiroshi Sugimoto《イラミック隕石 チリ アタカマ砂漠》小田原文化財団蔵「杉本博司 瑠璃の浄土」展示風景 ©Hiroshi Sugimoto「杉本博司 瑠璃の浄土」展示風景 ©Hiroshi Sugimoto《龍頭》鎌倉時代 ©Hiroshi Sugimoto

マルセル・デュシャンの《泉》を模した茶碗《硝子茶碗 泉》の底には、本展でみることは出来ないのですが(残念!)、既製品の便器に「Mutt」とサインしたデュシャンさながら、杉本のSで「Sutt」とサインされています 《硝子茶碗 泉》2014 ​​​​​​​©Hiroshi Sugimoto

 

田中泯氏が江之浦測候所にて《泯踊》を踊っているビデオ作品もあります 《泯踊》2018 踊り:田中泯 企画・監修:杉本博司 撮影:鈴木心 ​​​​​​​制作:小田原文化財団



護王神社と海景

その先には、杉本氏が「直島・家プロジェクト」の一つとして再建を依頼された直島の本村地区にある「護王神社」の模型と、代表作でもある《海景》が展示されています。

《護王神社模型:アプロプリエート・プロポーション》2003 小田原文化財団蔵「杉本博司 瑠璃の浄土」展示風景 ©Hiroshi Sugimoto


護王神社には神の依代となる24トンもの巨石の下に古墳を思わせる石室があり、生の世界である地上と地下の死の世界を光学硝子製の階段がつなぎます。生と死のあわいを行き来できるのは地上から差し込む光のみ。

護王神社の模型の横に張り出した隧道を覗くと、その先に展示されている《海景》がみえ、ちょうど水平線を望むことができます。

護王神社の模型

 

硝子の茶室 聞鳥庵(モンドリアン)

《硝子の茶室 聞鳥庵》 2014 ©Hiroshi Sugimoto Architects: New Material Research Laboratory/ Hiroshi Sugimoto + Tomoyuki Sakakida. Originally commissioned for LE STANZE DEL VETRO,Venice / Courtesy of Pentagram Stiftung & LE STANZE DEL VETRO.

外に出ると、京都市京セラ美術館に隣接する日本庭園の池の中、光学硝子の橋の先に《硝子の茶室 聞鳥庵(モンドリアン)》が浮かんでいます。これまでに、ベニス、ベルサイユ宮で展示され、この度、茶の湯を完成させた利休と縁の深い京都への凱旋を果たしました。

この茶室は、通常の茶室とは異なり、軸と絵を掛ける床(とこ)が省かれており、従来の瞑想的かつ内省的な閉じた空間ではなく、ガラスで囲うことで開放された空間となっています。

《硝子の茶室 聞鳥庵》 2014 Originally commissioned for LE STANZE DEL VETRO,Venice / Courtesy of Pentagram Stiftung & LE STANZE DEL VETRO.

この茶室の姿がモンドリアンの絵画の構成と呼応していることが名前の由来となっています。茶室ならではの、空間を詩的にみたてた呼称を求めて「鳥の声を聞く小部屋」という意味をもつ聞鳥庵(モンドリアン)という名がつけられました。

置かれた場所、置かれた時期の風景を借景とする硝子の茶室。杉本を介して利休とモンドリアンが時空を超えてつながります。

炉縁にもガラスが使用されています 《硝子の茶室 聞鳥庵》 2014 Originally commissioned for LE STANZE DEL VETRO,Venice / Courtesy of Pentagram Stiftung & LE STANZE DEL VETRO.



我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか

杉本博司氏の想像力は洋の東西を問わず(さらには太陽系まで)、地球の創世記から、人類の終末にまでおよびます。

アートの語源は「自然の配置」や「技術」の意味を持つラテン語の「ars(アルス)」です。杉本博司氏の作品は、光学装置であり記憶をたどる装置であるカメラを用いており、光そのものにまで興味の幅を広げ、《OPTICKS》のように、光を画材とする「光画」を描くまでにいたっています。

本展では平安時代、室町時代に培われ、現代には失われた日本の記憶を、杉本氏が思い描く「浄土」として再構築する取り組みです。

科学、歴史、建築、宗教も含め、生(この世)と死(あの世)、人間はどこへ向かうのか、宇宙はどのように在るのかなど、普遍的な問について深く思索を巡らせ作品をつくり続けている様は、まさにアートを考察する上で原初のアプローチともいえるでしょう。

皆様も京都市京セラ美術館内で杉本博司氏の思い描くアートな浄土参りでもいかがでしょうか。

五輪塔をもじった干菓子の「五輪糖」を持ってご満悦の杉本博司氏

 

■開催概要
会 期:2020年4月11日(土)~ 6月14日(日)
※新型コロナウィルス感染拡大防止のため、京都市京セラ美術館の開館は、当面の間、5月6日(水)までを目途に、延期となります。
なお、今後の状況によっては、更に予定を変更する可能性がありますので、最新情報はウェブサイトをご覧ください。

2020年5月26日(火)~10月4日(火)(更新:2020年5月18日)

会 場:新館 東山キューブ
時 間:10:00〜18:00
*入場は閉館の30分前まで
休 館:月曜日
*祝日の場合は開館
料 金:一般1500円、大学・高校生1100円、中学生以下無料

※新型コロナウィルス感染拡大防止対策の影響により、開館日等が変更となる場合がありますので、事前予約制の詳細含め最新情報はウェブサイトをご確認ください。
(更新:2020年5月18日)

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