チームラボ 猪子寿之。アートは生存戦略。人間は遺伝子レベルで最も遠い花を愛でたことで滅ばなかった。 | ARTS ECONOMICS 04
連載「ARTS ECONOMICS(アーツエコノミクス)」はARTLOGUEが提唱する文化芸術を中心とした新しい経済圏である ARTS ECONOMICS の担い手や、支援者などの活動を紹介する企画です。
アーティストや文化芸術従事者のみならず、ビジネスパーソン、政治家など幅広く紹介し、様々に展開されている ARTS ECONOMICS 活動を点ではなく面として見せることでムーブメントを創出します。
〈ARTS ECONOMICS バックナンバー〉
第一回 アートは ”人間のあたりまえの営み” マネックス 松本大が語るアートの価値とは…
第二回 リーディング美術館の提言をしたのは私だ。参議院議員 二之湯武史の描くビジョンとは
第三回 生粋のアートラバー議員 上田光夫の進める街づくり、国づくりとは
第四回 チームラボ 猪子寿之。アートは生存戦略。人間は遺伝子レベルで最も遠い花を愛でたことで滅ばなかった。
第五回 スマイルズ遠山正道。アートはビジネスではないが、ビジネスはアートに似ている。「誰もが生産の連続の中に生きている」の意味するもの。
チームラボ 猪子寿之。アートは生存戦略。人間は遺伝子レベルで最も遠い花を愛でたことで滅ばなかった。
チームラボは「プログラマ・エンジニア、数学者、建築家、デザイナー、アニメーター、絵師など、様々なスペシャリストから構成されているウルトラテクノロジスト集団」を標榜している、アートコレクティブです。
今や聞かない日はないくらい大ブレイクしているチームラボ。今年は東京・お台場にチームラボの巨大な常設美術館「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」もオープンさせ、2018年8月22日現在、チームラボのサイトには Future Park は国内外39箇所で常設も含め開催しており、EXHIBITIONSは「NOW OPEN」が10つ、「UPCOMING」が2つあります。
おそらくチームラボは世界で最もプロジェクターを使っている企業であり、その数は数千台は下らないでしょう。その勢いは止まるところを知らないチームラボを率いるのが、猪子寿之(いのことしゆき)さんです。
猪子さんに、アートとの出会いから、アートがなぜ人間社会にあり、どの様な役割をしているのかをお聞きしました。
◯サイエンスとアートが好きだった猪子寿之少年
鈴木:猪子さんとアートとの出会いを教えていただけますか。
猪子:アートとは子ども頃から出会いましたよ。
鈴木:美術館とかよく行かれてたんですか。
猪子:自分が生まれた田舎には美術館はないので、本などで出会いましたね。
◯歴史に名を残しているのはサイエンティストか、アーティストか、革命家
鈴木:いつ頃アートをやろうときめたのですか?
猪子:サイエンスとアートが好きだったんですよね。人類が長いサイエンスの歴史によって見えなかった世界を見えるようにしてきた。一方でアートはなんなのかはよくわかんない。でもなんか好きだったんです。
歴史を見ても何百年経っても名前が残ってるのは、サイエンティストか、アーティストか、社会の構造を変えた革命家ぐらいですよね。経営者とか残らないわけですよ。
サイエンティストが見えなかった世界を見えるようにしてきたおかげで様々なテクノロジーが生まれて、社会は変わっていったわけじゃないですか。
革命家によって社会制度が変わって、制度が変わることによって人間社会は発展したわけですよね。
でもアーティストだけがよくわからない。
大体、人間が生殖対象、雄だったら雌、雌だったら雄に対して美しいって思う概念は分かるんだけども、全くそうではないものに対して、生殖対象と同じ概念で捉えたことがもはやわからないですよね。
大学に入って海外に行けるようになって、海外行くと美術館によく行ってたんですよね。これは「何なんだろな」と思いながら。
鈴木:その「何なんだろうな」を自分で解き明かすためにアートに関わり始めたのですか?
猪子:今でも「何なんだろな」と思いながらアート制作をやってます。
子どもの頃は世界とは何かっていうことに興味があったけれども、段々と人間とは何かとか、人間にとって世界とは何か、なぜ花を美しいと人は思うのだろう、なぜ花があるのだろうとか。そういう方に興味が移っていったんですね。
サイエンスかアート、真理の追求のようなものに関わる人生を過ごせたらいいなと漠然と思ってたんです。
◯東京大学の友人たちと始めたものづくり
鈴木:東京大学時代に友達と実験的なものを作り始めたのですか?
猪子:具体的に何かを作るということが決まっているわけではなくて、とにかく何か作ることを通して、人間にとって世界は何かとか、ちょっとでも真理に近づけたらいいなと思ってたんです。
だから「チームラボ」という名前は、仲間とともに共同的創造による実験の場、チームによるラボラトリーという意味でつけたんです。
鈴木:「超主観空間」と言い始めたのは大学時代からですか。
猪子:いや、チームラボを作ってからですね。
自分が田舎にいた時に、テレビを見ていると、テレビの向こう側に東京があるわけです。それはもちろん地続きの世界で歩いてでも頑張ったら行ける世界なのにもかかわらず、境界のある別の世界に見えてたんですね。
一体なぜそんなふうに感じてしまうのか、テレビの向こう側にはなぜ現実感がないのか不思議でした。
でも、近代以前の日本の絵画や文化を見ると、まるで自分が世界の一部であるかのように世界を捉えているような気がして、実はそもそも世界の見え方が違ったのかなって思い始めたんです。
じゃあどう見えていたのか。もしかしたら写真やビデオカメラで切り取った世界とは違って、近代以前の古典的な日本絵画には共通した論理構造が実はあるんではないか、そんな風に思うようになりました。
共通の論理構造を探すことに興味を持ち始め、結果的にそれが分かって、その論理構造を僕らが勝手に「超主観空間」と呼んでいるんです。
鈴木:その見方は面白いですね。
◯サイエンスが世界の見え方を広げ、アートは世界の見え方を変えてきた
猪子: サイエンスが世界の見え方を広げてきたならば、アートは世界の見え方を変えてきたわけです。
人はいつ花を美しいと感じたか、それはすごく不思議なことだと思っていて、それまで美しいっていうのはさっきも言ったように、生殖対象に対して使っていた概念だと思うんです。
雄なら雌、雌なら雄、それは人間以外の魚も、鳥も、動物も持っている進化のプロセスの中でも説明がつく、ある種のリスク回避だったんです。
ただ、花を美しいと捉えたのは人間より以前はないですよね。
それは非常に不思議なことで、進化のプロセスで、突如なぜそんな概念が生まれたのかなんてのはちょっと説明できないですよ。
花と人間の遺伝子は、進化を辿るとミドリムシぐらいで分かれて、「動物」とは反対の「植物」側の1番最後に花があるわけで、ミドリムシの倍、遺伝子的には最も遠いわけだよね。
そんな存在に、遺伝子交換をする対象に使ってた「美しい」という概念を当てはめたわけだよ。遺伝子交換っていうのは遺伝子が、最も、極限的に同じものに使う行為だよ。
例えばサルには使わない、使っちゃいけない。遺伝子的に近いとはいえ危ないじゃん。そういう中で遺伝子的に1番遠い花も「美しい」範疇に入れたわけだからわけがわからないと思うんだよね。
◯花を美しいと思い、自然を愛でたから人間は滅びなかった
だから「人間はなんだろう」と、すごい興味があって。
でも、よくよく考えるとそのおかげで自然を美しいと思ったり、もしくはその延長線上で、自然の中に神を見出したりしてきたのかなとも思う。
本来動物っていうのは人間以外も含めて自然を搾取して生きているわけだよ。
知能がついてどんどん搾取の効率が上がっていく中で、「木を切りすぎだよ」みたいな、わけわかんないこと言うわけ。
今でこそ、持続的な搾取のためには調整が重要だって分かるけど大昔なんてわかるはずなかった。
例えば鉄の文明ができて、出雲にも鉄を作る今で言う製鉄所みたいな「たたら場」ができるわけだよ。出雲の国の神話にも出てくるヤマタノオロチっていうのは甚大な被害を出す斐伊川の支流の洪水を指しているとも言われていて、その赤い目はたたら製鉄の炎を凝視する人の目、血にただれた腹は炉の中の溶けた鉄を表している。ヤマタノオロチを退治したスサノオノミコトは、洪水のメタファーであるヤマタノオロチに対して、植林で治水に尽力した神様という説があるんだよ。
たたら製鉄には大量の木炭が必要なんだけど、洪水と植林に因果関係があるなんて当時は分かるわけないにも関わらず、おそらく「木を切りすぎて山の神様が怒ってる」といった非合理的な理由で木を植えたんだと思うんだよ。
だから人が花や自然を美しいと思い、その延長上に神を見出し、神への恐れで、その時代における合理性を超越した行動を取っていたことで人間は滅ばなかったともいえる。
人間が合理性だけで自然を搾取をするスピードを上げていったら、とっくの昔に滅んでいたかもしれないね。
つまり人間は花を美しいと思って、自然を愛でたがゆえに滅ばなかったわけだよ。
美という本来は異性にしか使わなかった概念に花という全然関係ないものを入れ込んだ、それがたぶん、初めて人間の美が拡張された瞬間で、人間の美が拡張されることによって構造や行動が変わったが故に滅ばなかった。
人間が自らの創造性によって花を作り、自分で作った花によって美を拡張する。長い年月の視点で見ると、そのことによって構造や行動が変わっていっている。そう考えると、アートっていうのは謂わば生存戦略なのかなって思ってるんだよね。
◯ピカソが多様な視点を人類にもたらし、ダイバーシティへと
例えば、20世紀初頭でいうとピカソでしょ。
すごく意訳すると要は物事っていうのは一点から見るのではなくて、多様な視点で見たほうが美しいんだよって拡張してくれたわけだよね。
それまではヨーロッパからの視点一点で世界を捉えていたわけですが、多様な視点で捉えたほうが美しいとしてくれたおかげで、100年ぐらい経った今、少なくとも一点からだけで世界を捉えることは恥ずかしいことになってる。
ある程度以上の知性がある人にとっては、ダイバーシティがあることを認めないなんて恥ずかしいことだよね。
ダイバーシティを肯定することが合理的かどうかなんかわかんないわけじゃん。
ダイバーシティを認めることに合理性があるかどうかエビデンスがないにもかかわらず、かっこいいから、美しいから肯定するわけだよね。
今の時代、合理性を追求して植民地政策みたいなことをするのは本当に醜いから、許せないっていう話だよ。
だから、ピカソが多様な視点で世界を捉えた方が美しいと、美しさの基準を少しだけ拡張して、その影響で、少なくともピカソ以前よりは、ダイバーシティがちょっとだけベターになってるかもしれない。
鈴木:美を取り入れてきたことで人類が生き永らえてきたとして、美を拡張していく術として美術を取り入れることは現代において生存戦略の一部であり、それによってダイバーシティも保たれているということですか?
猪子:美を少しずつ拡張することによって、合理性を超越した何らかの良い方向に人類が変わっていったんじゃないかな。
美が拡張されること。それは今もそうだし、100年前もそうだし、花を好きになった瞬間からそう。
美を大事にしない人がいたら、そういうやつは人類を滅ぼすやつだと思うよ。
◯チームラボのビジネスモデルとは
鈴木:日本は人口減少が始まっていて、税収が減り、さらに社会保障費が増えていってるわけですから、文化芸術にお金が回らなくなってきています。
今の話も踏まえてなんですが、美を生み出し拡張し続ける美術という領域の今後が危うい状況にあるのではないかと危惧されています。その中で、特にチームラボさんはビジネスでも成功をされています。アートとビジネスの両立はどのように成り立っているのでしょうか。
猪子:チームラボをスタートした時からアート作品も作っていましたが、残念ながらお金にならず、大きく伸びていたのはWeb やアプリ、システムなどクライアントの仕事でした。
鈴木:チームラボはスタッフが500名ぐらいいますよね?
猪子:はい、その内300人ぐらいのメンバーはソリューションと言ってクライアントの仕事をしています。クライアントの仕事のおかげでチームラボは成り立っているのですが、2011年以降はアートの展示を海外でもやることが多くなりました。
海外のアートコレクターや美術館が作品を買ってくれたり 、展示をする時にも予算も出してくれるので作品を作ることに対して経済的に成立するようになったね。
鈴木:アートでの展開がチームラボのブランディングにつながって受託の仕事も増えていますか?
猪子:アートが直接クライアントの仕事に繋がるかっているかわからないけど、受託の仕事は受託の仕事でいい仕事をして、話題になったらそれに関連して仕事が増えているよ。
最近でいうと、「りそなスマート口座」のアプリを作らせてもらったんだけど、すごい話題になって、それに関連する金融とか、生命保険とかから依頼が来るよね。
鈴木:いい流れですね。
猪子:チームラボは創業期から営業スタッフはいないし、いいものを作ることが全てだと思っています。
鈴木:アートの部分で、収支はどうなっていますか。
猪子:そういうの見てないからあまりわかってないんだけど成り立ってるんだろうね。グローバルになって海外のコレクターが買ってくれたり、美術館もきちんと予算を大きく出してくれたりするから僕らもちゃんとご飯が食べられるようになっているんだよね。
鈴木:ケースバイケースだと思いますけど、自主的にリスクを取って作品制作や展示などを行うこともあるのですか?
猪子:そうですね。日本では自主的にやることも多いです。もちろん色んな人と組んで共同でやってることが多いですけど。作品制作はお金もかかるしいつもリスクはあります。
経済的には成り立たないけど、佐賀県の山の中にある「御船山楽園」でやってる「チームラボ かみさまがすまう森」のように、ある程度リスクは承知でライフワークとしてやってるものもあります。
本当に感謝なんだけど、今年は「アース ミュージック&エコロジー」というファッションブランドがサポートしてくれて、事なきを得たものの、なかった場合はリスクを取ってやる予定でした。
◯アートの理論や業界のルールにとらわれるな
鈴木:日本のアート業界を持続可能にしていくために、どうしていくべきかという考えがあれば教えてください。
猪子:時代もどんどん変わっていくし、究極的には生きていければいいわけだよね。
俺は他人になんと言われようと自分たちが作りたいものを作れて、その環境が維持できたらいいなと思ってチームラボを作ったんだけど、 これまでのアートの理論や業界のルール、そういったなんとなくある暗黙の枠にとらわれすぎない方がいいんじゃないかと思う。
作り続けることが一番大事だから。自分が作る意味があると考えるものを作り続けることが可能な状況を素直に模索するのがいいんじゃないかなと思う。
あまりとらわれすぎてもすぐ足の引っ張り合いのドグマに巻き込まれちゃう。足を引っ張り合ってても幸せになれないもんね。
鈴木:足を引っ張られますか。
猪子:俺はいいんだけど、それを若い子たちが真に受けてたらかわいそうだなと思うよね。
そんなことより素直に成功しているアントレプレナーやアーティストを見て「どうやってこいつら維持できてんだろう」、「そのノウハウ盗みたい」みたいに考えるほうがポジティブだよね。
何より創作活動が継続できたら幸せだもんね。何々がダメだ、これはアートじゃない、アートだとか、そんな議論を聞いてると、継続性の選択肢の幅が狭まっちゃう。
だからあんまり批評とか批判とかそういうの真に受けないほうがいいけどね。
◯チームラボ 猪子寿之の思い「人類の価値観を広げたい」
鈴木::最後にチームラボの今後の展開と、猪子さんのアートへの想いを少しお話いただけますか。
猪子:今言ったように、作りたいものを作り続けられたら自分は幸せだと思うし、今は作り続けられていてラッキーだと思ってる。作品制作を通して、人間にとって世界とは何かってほんのちょっとでも知りたいし、それを通して結果的に人類の価値観を、ほんのちょっとでも広げることができたら、それが死ぬまでにできたらいいなと思ってる。
本当にいい意味で人類の価値観を変えたら、それが新しい文脈になると思ってる。
鈴木:今日はありがとうございました。
猪子:ありがとう。
(了)
チームラボ代表 猪子寿之
1977年生まれ。2001年東京大学計数工学科卒業時にチームラボ設立。チームラボは、アートコレクティブであり、集団的創造によって、アート、サイエンス、テクノロジー、デザイン、そして自然界の交差点を模索している、学際的なウルトラテクノロジスト集団。アーティスト、プログラマ、エンジニア、CGアニメーター、数学者、建築家など、様々な分野のスペシャリストから構成されている。
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