公開講座「アートの力とマネジメント」講師:中川眞 第1週:アートの力 ④病院をほぐす by 大阪市立大学
本講座は大阪市立大学のオンライン無料公開講座です。2017年3月31日まで gacco のサイトにて受講可能で、テストや課題をクリアーすると修了証がもらえます。
https://lms.gacco.org/courses/course-v1:gacco+ga078+2017_02/about
「アートの力とマネジメント」
第1週:アートの力
④ 病院をほぐす
最近、ホスピタルアートあるいはアートinホスピタルなどといった、病院でのアートが活発になっています。従来から、病室に絵画がかけられたり、ロビーコンサートがされたり、病院での芸術表現はけっこうあったと思います。また、治療を助ける方法として音楽療法が取り入れられたりもしています。
本日は病院で力を発揮するアートのお話をしたいのですが、これまでの病院アートとはかなり異なります。最初に見ていただくのは、大阪市立大学医学部付属病院でのアート・パフォーマンスです。アーティストの花村周寛(ちかひろ)さんが中心となって企画したものです。
ここには圧倒的な空間のカサ(嵩)の力がありますが、これだけのイベントを、病院という命を預かる場所でやることの大変さは、想像以上のものがあります。とても多くの人々が準備にかかわっており、縁の下の強力なマネジメント力が必要となります。この作品は後にデザイン大賞を受賞しました。
そもそも、なぜ病院のアートが活発化しているのでしょうか? もちろん、患者さんや家族、さらには働いている人たちを癒したいという目的があります。少しでも気持ちが明るくなって、早く病気が治ればいいですね。あるいは、うがった見方をすれば、病気の人を少しでも減らすと医療費の削減につながるという効果があがるかもしれません。
ところで、アートを病院にもってくるというのは、とても手間がかかるんです。ただでさえ病院は忙しいのにアートを持ち込むなんて、たいていの医師や看護師からは敬遠されます。しかし、そういった手間をかけてでも導入しようとしているところは、よほどやる価値・意味があると思っているのでしょうね。
近年、アートを取り込んでいることで有名になった四国こどもとおとなの医療センターという病院があります。そこでアートコーディネ−ターをなさっている森合音さんを訪ねてみたいと思います。
中川眞(以下:中川):こんにちは。中川です。 よろしくお願いします。
森合音(以下:森):こんにちは。お願いします。どうぞ。
中川:森さん、病院でアートをすることの意味や目的って何でしょう?
森:アートっていいましても、作品とかものとかいうことではなくて、病院の中に問題解決の創造的なフィールドを持ち込むと捉えています。
中川:問題解決って、病院の中でそんなに問題が多いんですか。アートがそれにかかわるってちょっと不思議な気もするんですけどね。
森:そうですね。もともと7年前に初めてこの病院でアートのお仕事をさせていただいたときに、もう明らかに問題解決として導入されて、暗い病棟を明るくしてほしいっていう問題を解決するためにアートを導入したっていう、始めからそういう問題解決からスタートしています。
中川:もう出発点がそうだと、いうことなんですね。
森:はい、そうです。
中川:それでかつて、クスノキを描かれたんじゃないですか。あれはどういうプロセスだったんですか。
森:あのクスノキは、作家さんが来て一人で描くっていう手法ではなくて、その場にいる患者さんや職員さんや地域のボランティアさんで、その方と一緒に、作家さんが一緒になって、少しずつパッチワークのように作業を細かく分けて描くっていうスタイルを取りました。
中川:それをすることによってどんな成果があがったんですか。
森:まず職員さんが一緒に描いたことによって、その壁画にすごい愛着を持ってくださいました。
ある看護師さんが、私は今まで病院が古いってことはすごい恥ずかしいことだっていうふうに思ってたけれども、壁画を一緒に描くことによって、患者さんにうちには壁画があるんですよっていうふうに話すことができるようになったとか、古くてもいいっていうことが、いいっていうものがあるんですねっていうことを言ってくださって、とてもうれしかったです。
あとは、これはのちのち聞いたんですけれども、院長がそれまで壁の修繕にすごいお金も時間もかかってたんだけれども、その絵を描いてから、子どもがその壁を傷つけるっていうことがとっても減ったっていうふうに言ってくださいました。
中川:じゃあ、ちょっと病院の中をいろいろ案内していただきたいんですが、いいですか。
森:はい。
これは日傘なんです。重度心身障がい児病棟の入所者の方に青空とか夕焼け空とか空の絵を描いてもらい、その空の絵をデザイナーさんに傘に合うようにデザインしてもらって、それを布に転写して、傘職人さんに傘に仕立ててもらった作品です。
森:この壁画は隣接する養護学校の卒業生のみんなと一緒に毎年少しずつ蝶を増やして群蝶図を描こうというプロジェクトです。
森:これはエレベーターの案内サインなんですけど、開院当初はなかったものなんです。だんだん使っていくうちにエレベーターの位置がわかりにくいっていう、患者さんからのそういうご意見があって、それに対して事務局の職員さんと一緒に、じゃあ、どうやったらエレベーターの位置がわかっていただきやすいサインができるかというので、最初案を作るところからスタートしました。
中川:随分いろいろありますね。その多様なところに驚きました。
森:問題は次々にあるんですね。それに対してみんなで考え、問題に対してどうしたらいいかを、アーティストや、必要であれば建築家の方とか専門家に入っていただきながら、現場の人の声を拾って解決してい手法を取っています。
中川:つまりいろんな人がかかわってるっていうことですね。それ何か一目でわかるような図とかないですか。
中川:これほどの人々がかかわっているのですね。
森:医療はやっぱりその専門性によって、ここはお医者さんのお仕事、ここは看護師さんと分かれていくんですけれども、環境はすべての人、患者さんも患者さんのご家族も職員さんも、そこにいるすべての人がかかわることですので、できるだけ多くの人からご意見をいただいて、その問題の解決をその現場の人との対話から生み出していこうと努力しています。
中川:それを森さんが全体をマネジメントされているということになるわけですね。
森:そうですね、はい。
病院のアートっていうのは、患者さんだけではなく、病院の組織全体や、システム全体に対して働きかけるものなのです。それは病院というところが、ひとつのコミュニティに他ならないからです。その結節点のわずかな傷や綻びをアート・コーディネーターは発見し、改善しようとします。治療や薬といった医療面からのアプローチでもなく、機材や設備のIT化といったインフラ面からのアプローチでもなく、アートだからこそできる部分があるのです。
これまで色んな病院のアートの例を見てきましたが、それらは「何かのため」に存在しているように見えます。つまり道具みたいにアートが応用されています。しかし、私は、果たしてそれだけだろうかと問いかけてみたいのです。様々な特殊な目的のために立ち現れている色彩や形は、全く新たな美を生み出しているのではないかと思います。
冒頭の病院イベントを実行した花村さんは、「デザインは解を与えるものであり、アートは問いを投げかけるものである」と明快にその違いを言い表すのですが、アートにかかわるということは、簡単に答えや効能を見出そうとすることではありません。病院でアートが必要なのは、「職員一人一人が自らを、そして生命とは何かを問い続けることが医療で最も大切なことである」という共通認識をもっている人々がいるからなんです。まさにアートは「問うこと」を教えてくれます。
私はときどき、いとも簡単に「アートを通して社会問題を解決する」といってしまうのですが、このような現場は本当に困難を極めています。しかし、そこで惹きつけられるのは、アーティストやコーディネーターが辛そうではなく、目を輝かして、ときに嬉々として取り組んでいる姿があるからで、確かに大きな困難の向こう側には、それに見合う大きな希望があるような気がするのです。
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