公開講座「アートの力とマネジメント」講師:中川眞 第1週:アートの力 ①新たなアートの現場へ by 大阪市立大学
本講座は大阪市立大学のオンライン無料公開講座です。2017年3月31日まで gacco のサイトにて受講可能で、テストや課題をクリアーすると修了証がもらえます。
https://lms.gacco.org/courses/course-v1:gacco+ga078+2017_02/about
「アートの力とマネジメント」
第1週:アートの力
① 新たなアートの現場へ
みなさん、アートはどんな場所で活躍しているでしょうか? そう、美術館や劇場、コンサートホール、ギャラリー、駅やデパート、それから、いまやインターネットの画面上でも、素晴らしく解像度の高い絵画をみることができるようになりましたね。
そこだけじゃありません、20世紀の後半からは、パブリックアートやアースワークといった形で、アートは既成の空間から外に出てきました。
これは大阪市に設置されているパブリックアートですね。
これはインドネシアのジョグジャカルタ市にあるものです。とてもカラフルな道路になっていますね。
これは札幌郊外にあるモエレ沼公園です。彫刻家のイサム・ノグチさんが設計したもので、ゴミ処理場の跡地を利用していて、全体が彫刻作品となっています。入場者は広大な公園内を自由に歩きながら、人工の丘や建物、遊具などを楽しめるようになっています。
また、音楽でいえば、街のいたるところにストリートミュージシャンを見ることができるようになりまし、その他、ジャグリングなどの大道芸のプロも広場で活躍しています。
つまり、20世紀後半から、アートは既成の場所からどんどん他のところへと活躍の空間を広げているのです。
さらに21世紀に入ってから、アートの広がりはいっそう発展していきますが、特徴的な性格を帯びてきています。いま見ていただいた野外彫刻や環境芸術とはかなり違うのです。野外彫刻や環境芸術は、場所こそ野外などに移動しましたが、これまでのアートの延長線上に捉えることができます。つまり、アーティストの作品を鑑賞者が楽しむといった関係が保たれています。
しかし、これから本講座でご紹介するアートは、かなり違った様相を呈しているのです。アーティストは作品をつくる絶対的な存在ではなくなってきているし、場所も、これまで以上に突飛なところが増えています。例えば、被災地、貧困地域、スラム、過疎地などといった、大きな社会的課題を抱えた地域です。もちろんアート活動全ての総量からすれば、まだまだ少数派かもしれませんが、アートが既成の場所から飛び出していくのに、その次の段階があるとしたら、こういった特別な場所なのではないかと思っています。いま、その芽が、この壊れやすい社会の隙間や裂け目から、どんどん出始めています。そこでは、アーティストたちが、社会の問題と向き合いながら、当事者たちとともに新たな表現を生み出し、その問題をともに乗り越えようとしています。私はそれを社会包摂型アートと呼ぶのですが、もっと短くいえば、ソーシャルアートとも言えるでしょう。
フランスの経済学者で思想家のジャック・アタリが「音楽は世界を予言する」と言いましたが、私は、いま起こっているこの新たなソーシャルアートが、未来社会の姿やあり方を予言していると思っています。本講座では、そのようなアートの現場を、なるべく多くそして丁寧にご紹介したいと思います。
そこでまず私が強調したいのは、アートのもつポジティブな力です。大阪市西成区に釜ヶ崎という日雇い労働者が2万人近く集住する「寄せ場」という地区があるのですが、景気の落ち込みや高齢化により、孤独死といった問題が大きく浮上しています。
そもそも一匹狼の集まりですから、互いの関係は希薄で、1人寂しい晩年を迎えることになるのです。しかし、ここに元気のいいアート系のNPOが入り、彼らを受け入れて「表現」のワークショップを始め、紙芝居や新作狂言、合唱、ガムランなどいったグループ活動を始めたのです。紙芝居に至っては、その芸術性が高く評価され、イギリスの芸術祭にも招待されたほどになりました。
生きがいを得た、ということでしょうか。互いのことを助け合いながら、小さなコミュニティができあがっていきました。この地区にくるというのは、それなりに辛い過去を背負っていることが多いのですが、そういった人生経験の数々が、表現の場に跳ね返ってきたときに、普通の人なら思いもよらない発想や技巧を生むのです。これは釜ヶ崎芸術大学というプロジェクトから生まれてきたものです。
こういう場面に出会うと、私は、アートは単に手段というより、新たな美や価値の場所を求めて、ここにやってきたと思わざるを得ないのです。アーティストも、人助けのためではなく、自分を助けるために、ここにやってきているのです。ここに集う人たちが、紙芝居や狂言に熱中するのは、仲間ができるからじゃなく、それ自身が面白いからです。結果として、豊かな関係性ができあがってゆくのです。
甚大な被災もまた、日常のなかの大きな裂け目といってよいでしょう。突発的に肉親や友人を失くしたり、家や仕事を失くしたりします。その衝撃、打撃ははかりしれません。そんなときにアートをやりましょうと、いきなり売り込んでも顰蹙を買うだけです。私はインドネシアや東日本の大震災復興にかかわってきましたが、地域で伝承されてきた民俗芸能の活躍に目を見張りました。人々をつなぎとめ、結集させる力が芸能にはあるのですね。本講座では、その力にも着目します。
そもそも芸能の原点には祈りがあります。大自然の営みのなかでは、人間は小さな存在であり、大きな災難を回避し、私たちに恵みを与えてくださいと祈るのです。相手が人智を超えた存在であるがゆえに、自然の言語や振る舞いではない、特殊な音声、所作によって伝えます。それが芸能の基本的な姿かと思います。
しかし、それにもかかわらず災難はやってきます。自分たちの祈りの無力にため息をつきながら、でも人々はいまいちど芸能に、災厄(さいやく)を乗り越える力を託すのです。芸能は、例えば、カミさまや悪霊といった垂直的な方向へのベクトルと、人々を結びつけるという水平方向のベクトルという、2つの軸をもっています。東日本大震災における津波被害の大きかった地域では、芸能の水平方向の力が極めて強く働きました。避難所や仮設住宅や親戚の家などにちりぢりに散った人々が、祭りや芸能の上演にこぞって寄り集い、コミュニティの結束を高めたのです。これは行政のトップダウン的な働きかけでは真似のできないことでした。祭りのあるコミュニティでは復興の速度が速いと言われていますが、私もそれに同意します。なぜそうなのか、というのは後日の講義のなかでお話ししましょう。
さて、これらの文化実践が効力を発揮するためには、ひとつ重要な作業、仕事を忘れてはいけません。それがアーツマネジメントです。
さきほどの釜ヶ崎の例でいえば、どうすれば、日雇いの高齢単身者に、NPOのスペースに来てもらえるのか? ただチラシやポスターで広報しただけでは絶対にうまくいきません。アートというのは、彼らにとって全く魅力的なものではないからです。むしろ、食べ物を囲んで何かお話ししましょうよ、という方が集まってきます。たぶん、最初はその方がうまくいきます。そういう差配を考えねばならないのです。
被災地では、いつ、文化を投入したらいいのか。最初期の段階は、医療、食料、水、薬品、毛布などが緊急必要物でしょう。そして、復旧から復興の段階に至るとき、アートは力を発揮します。そのタイミングを見極める必要があります。
こういう判断を下しながら、アートやアーティストを現場とつなぎ、あらゆる環境をととのえていく。そういう仕事の大切さを、私はこの講座の後半で強調したいと思います。
私がお話しする現場は、かなり特殊でエッジのきいた場所です。そこでのアーツマネジメントは、なかなか一般化し得ないのですが、それでも、こういった場所に共通する課題や問題意識を抜き出し考えてゆきたいと思います。
アーティストにとっても、アーツマネジャーにとっても、重くプレッシャーのかかる現場ですが、同時に、未知の領域に入ってゆく面白さ、楽しさがあるともいえます。そのひとつひとつが小さな歴史を刻んでゆくのです。皆さんにも是非、こういう営みに参加していただきたいと願っています。この講座は、そういった現場への誘いでもあります。さぁ皆さん、一緒においろいろ考えてまいりましょう!
本講座は大阪市立大学のオンライン無料公開講座です。2017年3月31日まで gacco のサイトにて受講可能で、テストや課題をクリアーすると修了証がもらえます。
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