インタビュー:アウトサイダー・キュレーター 櫛野展正のインサイド (後編)
広島県福山市内にあるギャラリー「クシノテラス」のオーナーにして、日本唯一のアウトサイダー・キュレーター 櫛野展正さん。
2012年から2016年3月末まで、鞆の津ミュージアムを死刑囚からヤンキーまで取り上げる極めて特異な美術館に仕立てていたのが、櫛野さんです。
前編(アウトサイダー・キュレーター 櫛野展正のインサイド (前編))では、櫛野さんの障がい者福祉施設の職員時代から、鞆の津ミュージアムでの活躍を聞きました。後半では、鞆の津ミュージアムを辞めるに至った経緯や、クシノテラスの今の活動と将来のビジョンなどをお聞きしました。
文末には「極限芸術2〜死刑囚は描く〜」展の写真と、櫛野さんがこれまで見出してきたアウトサイダー・アーティストをご紹介します。
◯鞆の津ミュージアム 館長募集
鈴木:館長制度ってありましたよね?
櫛野:あれは、日本財団の研修でクラウドファンディングみたいなことを勉強したんですよ。勉強したらすぐ生かしたいのが僕のたちなんです。それで、日常的にお金が入ってくる手段がないかと、いろいろ調べたら熊本城は「一口城主」といって寄付を募集していたり、おもちゃ図書館もそういったことやっていたりするから、うちは「館長制度」を作ったんです。「年会費5000円でウルトラハイパーマグナムアルティメット館長 になったら年間パスポート+お好み焼きと安酒おごります」みたいなことをやってたら本当に電話してくる人がいて。そんなときは、接待で1人抜けなきゃいけないんですよ。さらにお好み焼きと酒代でどんどんお金が飛んでいく。結局、赤字になって2年ぐらいで止めちゃいました。話題にはなったんですけど。
鈴木:赤字になるんですね。
櫛野:だって年会費で5千円もらうけど、お好み焼きと安酒をおごって、さらに鞆の津のお土産と、おかんアートを渡すんですよ。何回も電話してくる人とかいたから大変でした。
◯鞆の津ミュージアムを辞める理由
鈴木:鞆の津ミュージアムは福祉施設のサテライトなのに、奇抜な展覧会ばかりを企画して、福祉施設としてのベネフィットは問われないのですか?
櫛野:やっぱり、それはありますよ。その問題で僕が辞めたっていうのもあります。鞆の津ミュージアムは、他のアール・ブリュット系美術館に比べれば集客もあるけど、正規職員2人くらいの人件費はさすがにまかなえません。まぁそれで行政からもいろいろとね。
鈴木:鞆の津ミュージアムは地域にすごく貢献している気がするのですが。
櫛野:そうなんですよ、本当に。例えば「極限芸術〜死刑囚の表現〜」展のときは3カ月で5千人以上の人が全国から来てくれて、大体みんな日帰りで来れないから鞆の浦に泊まってお金を落としていくんです。ちょっとした経済効果も生みましたね。
鈴木:鞆の津ミュージアムを辞めようと思ったのは?
櫛野:早い話が会社の方針と僕のやりたいことがどんどん離れていった感じです。僕は障がいがない人の作品も取り扱いたい思いがあるけど、会社としては原点回帰じゃないけど障がい者中心という方向になって。まぁいろいろ他にも理由があって方向転換せざるをえなくなったって感じですね。
あと、NHKの「ハートネットTV(「アウトサイダーアートに魅せられて」2016年1月25日放送)」への出演がきっかけにもなりました。番組で神奈川県に住んでいる80代の黒川巌さんに会いに行ったんです。
僕が取材していたはずが途中から「実は今、人生の岐路に立たされてる」とか「今後どうしたらいいだろう」とか、僕の悩み相談みたいになって。なんで黒川さんに相談したかっていうと、黒川さんも40歳のときに自分の好きなことをしようと、サラリーマン廃業宣言をして絵一本の道で生きていくことを決めたらしいんです。「どうやって食っていくんですか?」って聞いたら「食うために土方をする」って言うし、しかも売り絵は一切描かないと、すごいポリシーを持ってて。
アウトサイダー・アーティストを取材しまくっていると、自由奔放な生き方とかすごく憧れるし、自分の背中を押してくれる人たちが多いんです。
「自分が好きな人生を生きてるか」と考えたときに、このまま敷かれたレールの上を進むのはどうなのかなとの思いもありました。
それで相談したら、「辞めたらいいんじゃない」って言われて「じゃあ辞めます」と全国放送で宣言しちゃいました。
辞めるのを決めたのは「ハートネットTV」の取材で黒川さんと会った11月くらい。放送が翌年の1月でした。
◯クシノテラス 立ち上げ
鈴木:オーナーとして立ち上げたギャラリー「クシノテラス」のことを教えてください。
櫛野: オープンまでは、クラウドファンディングでお金集めたり、ギャラリーを改修したりしました。
ギャラリーのオープニング企画は4月29日からの「極限芸術2〜死刑囚は描く〜」ですけど、その前から日比野克彦さんや、山下陽光君、坂口恭平君などをお招きしてトークショーなどをやっていました。
オープニングは「クシノテラス」の方向性を示すような企画展にしたいと思い、死刑囚の作品展にしました。死刑囚は2020年に向けてアール・ブリュットが声高に叫ばれる中で絶対に拾い上げられないアウトサイダー・アートの極北だし、2013年の極限芸術展から3年経っても巡回するギャラリーも美術館も1つもなかったんで、じゃあもう1回自分がやろうと、企画しました。
鈴木:死刑囚の作品は売れないですよね?
櫛野:売れないです。けど、今回はカタログを作りました。1回目のときは難しかったけど、何年も経つと団体との信頼関係もできて、絵を描いている全死刑囚のフルカラーの作品集を作ることができました。椹木野衣さんや、田口ランディさんにもご寄稿頂いています。
鈴木:クシノテラスのサイトに載っているアーティストは所属作家ですか?
櫛野:所属ではなく、トークイベントでお呼びしたり、取材した山ほどいる人の一部を、クシノテラスに関わるアーティストってことで載せています。
◯クシノテラス第二弾は「遅咲きレボリューション!」
鈴木:次回の展覧会の予定は?
櫛野:次回は、僕が見つけた88歳の西本喜美子さんという、自撮りのおばあちゃんや、1920年生まれの全裸芸術家 ダダカンなど4人の遅咲き表現者を取り上げた「遅咲きレボリューション!」(会期:2016年10月15日~2017年1月29日)です。
西本さんは、僕がTwitterで紹介したら12,000リツイートを超えたり、作品集『ひとりじゃなかよ』もアマゾンの写真集ランキングで1位を取ったりと、いまブレイクしています。
さらに、今回は、イベントを6つ考えています。1つは会田誠さんを呼んで、「早咲きでごめんなさい」というテーマのトークイベント。あとは尾道で僕がトークしたり、大阪のロフトプラスワン ウエストで、なだぎ武さんと第2回のクシノテラストークライブもやります。
目玉は、11月2日と3日に「ほいじんが&櫛野展正と行く!びんごトリップトラベル」」という、福山・尾道・府中のちょっと変わった場所とか、奇祭などを巡るバスツアーです。めちゃめちゃ超濃厚な旅です。
僕は「変わった人は沢山地域にいるんだから、みんなが会いに行く」ってことが大事だと思ってるから、このギャラリーだけで完結ではなくて、実際に会いに行くイベントもやります。
鈴木:ギャラリーを作るときに、東京や大阪など都会に進出は考えなかったのですか?
櫛野:考えなかったです。地元愛が強いんだと思うんですよ。この履いてる靴も、実は地元のスピングルムーヴっていう靴で全然疲れなくてすごいいいんです。沢山種類を持っていてこれしか履かないんです。
SNSがこれだけ発達してるから、地方にいても何かできるだろうというのがまず1つあるのと、あとは僕が探してる人って大体地方にいるから、自分が都会に行ったら見つけられないんです。だからむしろ自分が地方にいることで、探せるんじゃないかっていうのもある。集客の面とかでは全然、都市には至らないっていう不便さはありますけど、でも地元が好きなんでしょうね。
◯櫛野展正の野望
鈴木:将来の夢や目標はありますか?
櫛野:一番やりたいのは「裏・瀬戸内国際芸術祭」。美術館という場を解体して参加者それぞれが、表現者を訪ねて行けるような企画をやりたいと思っています。
福祉をずっとやってきた人間なんで、作品至上主義ではなくて、作品を生み出すその人や、作品の裏にある生き様を紹介したいという思いがすごくあります。
だから、みんなでいろんな人に会いに行けるようなことを、本当はどんどんやりたいなって思う。僕自身、あまり普通の学芸員みたいに展覧会を作りたいというよりは、いろんな人を発掘、紹介したいという思いのほうが強いですね。
鈴木:「裏・瀬戸内国際芸術祭」楽しみにしています。 今日はありがとうございました。
約1時間、櫛野さんの話を伺っている間にも田舎町の小さなギャラリーにはひっきりなしにお客さんは入って来ます。ギャラリーにこれほど人が来るのは大阪でもなかなか見れません。やはり、櫛野さんが仕掛けるアートには多くの人を惹きつける何かがあるのでしょう。
私たちは、ものごとを言葉で分節し、認知、理解しています。一度言葉によって分節すれば、分節した概念を保つために「その他」との境界はより強固に高くなっていきます。
アール・ブリュットが障がい者の作るアートとカテゴライズされ、内側からも外側からも既存のアートとは別物として扱われています。しかし、櫛野さんは、これまで築き上げられてきた高い壁をもろともせず、まるで一羽の鷹のように上空からピンポイントに獲物を捉え、違う地平にまとめているように思えます。
エコシステムの構築されている壁の中とは違い、その外側、「その他」であり続けることはとても辛く、険しいことです。しかし、いつの時代も、「その他」と言われていた人たちが次の時代を創り出して来た歴史があります。
ハイ・アートでもアール・ブリュットでもなく、まだ名も無き「その他」の先駆者である、アウトサイダー・キュレーター 櫛野展正さんが生み出す「インサイド」がどのようなものになるのか、期待せずにはいられません。
(了)
インタビュー:アウトサイダー・キュレーター 櫛野展正のインサイド (前編)
櫛野展正
(くしの・のぶまさ)日本唯一のアウトサイダー・キュレーター。2000年より知的障害者福祉施設職員として働きながら、広島県福山市鞆の浦にある「鞆の津ミュージアム」 でキュレーターを担当。2016年4月よりアウトサイダーアート専門ギャラリー「クシノテラス」オープンのため独立。社会の周縁で表現を行う人たちに焦点を当て、全国各地の取材を続けている。
クシノテラス
遅咲きレボリューション! 展
会 期:2016年10月15日(土)~1月29日(日)13:00~18:00
開 館:土曜・日曜・祝日
観 覧:一般 500 円(小学生以下・障がいのある方は無料)
オフィシャルサイト:http://kushiterra.com/
※展覧会は既に終了しています。(2019年3月時点)
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