時間(とき)にうもれる!?パブリック空間のアートー東大中央食堂 宇佐美圭司作品廃棄:アートをおしきせ 20180509

ARTLOGUE 編集部

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昨年10年振りに開催された、街中のパブリックアートを巡って楽しめるアートイベント「ミュンスター彫刻プロジェクト」。1977年開催時に展示されたドナルド・ジャッド(Donald Clarence Judd,  1928~1994)の作品《Untitled》は、常設展示されプロジェクト期間外でもみることの出来る作品の一つです。美術館ではあり得ない作品への落書きも、パブリックスペースに置かれているからこそ!?その身に時の流れを刻みながら、街の歴史に欠かせない存在として川辺に佇んでいます。

 

東京大学の中央食堂に竣工時から約40年に亘って展示されていた 宇佐美圭司 氏の作品《きずな》が、建物改修工事に伴い廃棄されてしまった問題が議論を呼んでいます。

5月8日付で「東京大学消費生活協同組合」が出した「東京大学中央食堂の絵画廃棄処分についてのお詫びと経緯のご報告」では、宇佐美氏の作品が展示されることになった経緯について次のように述べられています。

…1976年に東大生協創立30周年記念事業の一環として、元同生協役職員らで構成した記念事業委員会が、元生協従業員等に募った募金の使途として、高階秀爾先生(東京大学名誉教授・当時文学部教授)のご推薦によって宇佐美氏に制作を依頼し、記念事業委員会から東大生協に寄贈された作品…


日本の最高学府である東京大学においても、そこに関わる人の中で作品の価値共有がしきれていなかったこと、何らかのアーカイブもされないまま破棄されてしまったことが、とても残念です。

しかしこうしたことは特殊なことではないのでは…という怖い疑問がわきました。2007年には大使館を含む日本の在外公館に飾られていた美術品の一部が廃棄、行方不明になったことが報道されていましたしね。

価値や意義を共有した上で、美術品の管理、維持に務めること。パブリックスペースにあるアート作品に、それが果たされないことが多いのではないかと危機感を覚えます。以前国内のある都市で、いくつかパブリックアートをみかけたものの、サビにまみれてかなりの劣化具合でした。

パブリックアートの廃棄でいうと、今年1月、韓国は釜山市にある海雲台(Haeundae)で、アメリカのアーティスト、デニス・オッペンハイム(Dennis Oppenheim, 1938~2011)氏の遺作の一つ《Chamber》が、海雲台区役所によって解体、廃棄されています。ビーチ脇にあることで潮風による劣化があったのに加え、台風での損壊のあったことが廃棄理由となったようです。

どんな場所でもアートが設置される時、その行為は、一応、文化的であるとか、意義あることとして一般に認識されていると思います。ただパブリックスペースに置かれる場合、時が経つごとに、その作品がなぜそこにあるのか、果てはそもそもそれが何なのかということが曖昧になっていくことが多い気がしています。日常にまぎれ、時間に埋もれてしまう可能性は否定できません。価値や意義が「知る人ぞ知る」状態になると、危ないですね(そもそも誰が作品の維持を責任をもって行なうのか、管理体制がまずしっかり確立され、その体制が受け継がれている必要がありますが)。

「ここにこんなすげーパブリックアートあるんだぜ!」と声を上げて、アピールしなければですね。アートローグでも以前〈ポケモンGO のアートな「ポケストップ」。街中にはパブリックアートがいっぱい。 in 大阪・梅田〉と題してパブリックアートを取り上げましたが、大阪の梅田に限っても街なかで著名なアーティストの作品に出会うことが出来ます。オンラインでパブリックアートの集合地化を目指さねば!