「うつくしい絵」の放つ「うつくしさ」とは?かこさとし著『うつくしい絵』:アートをおしきせ 20180507

ARTLOGUE 編集部

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イリヤー・エフィーモヴィチ・レーピン《ヴォルガの船曳き》、1870~1873、カンヴァスに油彩、131.5 × 281cm、ロシア美術館蔵
via Wikimedia Commons


5月2日、絵本作家のかこさとし(加古里子)さんが亡くなったそうです。

こどもの頃から本が大好きだった私にとってはとても身近な存在でした。そういう方は多いのではないでしょうか。

かこさとしさんの本の中で印象に残っているものの中に『うつくしい絵』があります。



いつからアートに親しむようになったのか記憶は曖昧なのですが、その過程で出会った一冊です。

美術入門書である『うつくしい絵』では、レオナルド・ダ・ビンチ(Leonardo da Vinci,  1452~1519)やフィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh, 1853~1890)、葛飾北斎(1760~1849)、パブロ・ピカソ(Pablo Picasso,  1881~1973)等の著名な作品をとりあげながら、それらが持つ「うつくしさ」について、「うつくしい えは、えを かいたひとの うつくしい こころが あらわれているのです」と述べています。

「うつくしい こころ」とは何か?大人になった今は、人並み以上に人間臭い画家たちの逸話を知っていて、純粋無垢という意味ではイメージしづらいのが正直なところです。でも少なくとも、題材の選び方、人や事物の捉え方、表現の仕方からは、画家自身の人柄を伺い知ることはできます。

例えばイリヤー・エフィーモヴィチ・レーピン(Ilya Yefimovich Repin,  1844~1930)。彼の《ヴォルガの船曳き》は社会の底辺であえぐ貧しい船曳きを題材としていて、その労働の過酷さを描いています。でもこの絵は目をそむけたくなる悲惨さだけに焦点をあててはいません。感情を失ったようにみえる船曳きの中に一人の若い青年を描き入れることで、ほのかな希望のようなものを感じさせます。何をどう描くかという選択を通して、レーピンのスタンスが透けて見えるようです。

人の営みやこの世界への飽くなき関心、まなざし、そしてそれらを通して生まれた考えや感情を切実に表現することが「うつくしい こころ」の一旦であるならば、私も「うつくしい」と思います。

美しいもの、美しくあることに関心を持つ人は多いのに、日常で「美」について対話を重ねる機会は案外少ないもの。「美」とはなんぞやという硬い問いかけからではなく、たまにはかこさんのような優しい語り口で、誰かと考えてみたいと思います。

『うつくしい絵』ではテキストに漢字は一切使われていません。やさしく平易な言葉遣いながら、この本の主な読者となるであろうこどもを「こども扱い」せず、かこさんが大切に思うこと、伝えたいことをたんたんと語りかけてくれているのが心地よかったのを覚えています。

久しぶりに『うつくしい絵』を手にとってみようと思います。