植物から汲み出す「日本の色」
人と自然の深いつながりから文化は生まれる
culture×nature→future
暮らしもアートもすべての源は自然にある。art×somethingの一つの試みとして、culture×natureをテーマに記事をお届けします。前編は「日本の色」と題して日本の伝統の色を巡る取り組みを、後編は「Where culture meets nature」展をご紹介します。
V&A博物館に永久コレクションされた吉岡幸雄さんの植物染め
茜色、刈安(かりやす)色、柳色…。日本古来の植物染めで再現した「日本の色」が、イギリスのヴィクトリア&アルバート(V&A)博物館に永久コレクションとして収められ、2019年1月27日まで「Fashioned from Nature」展の一環として特別展示されています。
手がけたのは、京都で200年以上続く「染司よしおか」の5代目当主、吉岡幸雄さん。出版・広告の仕事を経て、約30年前に家業を継いだときから化学染料を廃し、史料をもとに日本古来の染色法で伝統の色を探求し続けてきました。その色は、人と自然の深いつながりから生まれています。
江戸時代以前の美しい色を求めて
京都・伏見区。棟割り長屋を改装した吉岡さんの工房では、江戸時代以前とほとんど変わらない染めの作業が黙々と行われています。地下100mから井戸水を汲み上げ、季節に届く植物の花実や根などから色素を抽出し、染液の中で糸や布を繰りながら時間をかけて色を浸透させていきます。大きく違うのは、薪ではなく電気やガスを使っていることぐらい。
美術図書の出版をしながら、電通のカレンダーやコマーシャルフィルムなどのアートディレクターをしていた吉岡さんが、家業を継いだのは40代の初め。化学染料が主流の時代にあえて植物染めに戻ることは、商いを考えれば無謀ともいえる挑戦でした。
もともと科学万能の考え方に矛盾を感じていたんです。大学に入った1960年代後半、多摩川が工場排水で泡だらけになっているのを見て、人間が自然をないがしろにして欲望のままに走ってきたツケが回ってきたと、思っていた。
出版の仕事で国内外の染織品を調査したり、美術館を訪ねたり、撮影と称して間近に美術品を見るようになって、昔の染織品の方が新しいものより素晴らしいのはなぜだろうと、ずっと思っていました。植物で染めた色は数100年経っても美しい。だから染屋を継ぐことになったとき、化学的なものは使わない、手間がかかっても自然のものに戻そう、本物を染めようと決めたんです。
そう話す、吉岡さん。日本古来の植物染めへの回帰は、自然から衣食住をいただいて文化を生み出し、自然と共に生きていた当時の精神性に立ち返るということでもありました。
四季のうつろいを映した日本の色
ファッションの世界には色があふれていますが、ほとんどは化学染料によるもの。使われ始めて130年ほどしか経っていません。産業革命後に化学染料が開発されて、明治の初めに日本へ入ってくるまで、身の周りの色は古代からずっと植物の花実や根などで染められていました。
赤系なら茜色や牡丹(ぼたん)色、撫子(なでしこ)色。青系なら浅葱(あさぎ)色や露草色、瑠璃(るり)色など。日本には自然になぞらえた奥ゆかしい名前の色が300色近くあります。いかに日本人が四季のうつろいや自然のありように心を寄せてきたか。
源氏物語が生まれた平安時代、季節を敏感に感じて「季に合いたる(季節に準じた)」色をまとい、生活の中に取り入れることは貴族のたしなみでした。当時の美意識は日本の色の原点だと思います。
いにしえの職人に学ぶ
失われつつあった植物染めで「日本の色」を再現するために、吉岡さんは『正倉院文書』や平安時代の律令を記した『延喜式(えんぎしき)』などの史料を調べ、父の代から腕を磨いてきた染師の福田伝士さんとともに当時の染色法を試行錯誤。約20年の歳月をかけて、日本の伝統色を復活させました。
『延喜式』には染色の記載があって、綾織の絹1疋(ひき ※反物2反分)を深い黄色に染めるには、刈安をどれぐらい使ってどういう手順でやるかが簡潔に書かれています。料理のレシピほど詳しくはありませんが、古典に学ぶのは、いにしえの職人がある色を出すために野山を探して植物を選び出し、何万回と失敗してやっと手に入れた結果を残してくれていると思うからです。われわれはそれをいただいているだけ。古典を勉強するのは遠回りのようで近道なんです。
吉岡さんは、東大寺や薬師寺などの祭事で用いられる装束や幡(ばん)を天平時代の彩りで再現。『源氏物語』を色で読み解き、十二単のように色を重ねて季節の配色を楽しんだ「かさねの色目」を現代に甦らせました。
自然の理にかなった植物を染料として使う
正倉院御物(ぎょぶつ)の古裂(こぎれ)を見ると、1200年経った今も鮮烈な色が残っています。空気にさらされなかった部分の赤は、目が焼けそうなほど強い。どうすればそれほど透明感のある鮮やかな色を生み出せるのか。
吉岡さんが最も苦労しているのが、染料となる植物を手に入れることです。工房で用いている植物は、50種類以上。染料植物は和漢薬と共通するものが多くかろうじて手に入りますが、今では栽培が難しいものもあります。鮮やかな色を染めるには質だけでなく量も必要です。
例えば、紅花は山形と三重の伊賀上野、紫草は大分の竹田、大和茜は奈良の五條から、刈安は伊吹山で刈り取られたものを取り寄せています。蓼藍は徳島の吉野川から蒅(すくも ※蓼藍の葉を発酵させたもの)として取り寄せるほか、工房近くで有機農法を営む農家に頼んで育ててもらっています。
伊賀上野で紅花は栽培されていなかったのですが、『延喜式』に租税として大量の紅花が納められていたことが記されていたので、良いものができるのではないかと農家を説得して作っていただくようになったんです。どこでも植えればいいかというと、そうではない。植物には生育に適した土地と気候、種類があります。自然に訊ねて、必然性のあることをやっているわけです。徳島の藍が良いのは、吉野川がたびたび氾濫して肥沃な土が運ばれ、藍作に適していたから。人は身近な自然と仲良く暮らし、多様な文化を育んできました。
竹田市の紫草や五條市の大和茜も、歴史的に地域にゆかりの深い染料植物。地元有志がその植物を復活させようと取り組んできました。伝統文化の継承は、地域の再生と、かつてあった人と自然の関わりを取り戻すことにもつながっています。
稲わらや椿を燃やした灰は今でいう化学薬品
もう一つ、植物染めに欠かせないのが、稲わらや椿などを燃やした灰です。灰は、天然のアルカリ。灰汁(あく)は発色を促す媒染液にもなります。
紅花の発色を促すわら灰は、近くの有機栽培農家から大量の稲わらを分けてもらい、11月頃から庭の竈(かまど)で毎朝、わらを燃やして作ります。わら灰に熱湯を注いで数日置くと、弱いアルカリ性の媒染液ができあがり、それを使って紅花の花びらから赤い色素を揉みだします。残った灰は陶芸家の人が取りに来て、焼き物の釉薬(ゆうやく)に使われる。自然と循環するようになっています。
お水取りの行事に捧げる紅花染めの椿の造り花
毎年1月から2月にかけてこの紅花で染めた和紙が、奈良・東大寺のお水取りで二月堂の十一面観音に捧げる椿の造り花に使われます。何度も塗り重ねた紅色は、驚くほど濃く鮮やか。1枚の和紙を染めるのに約1kgの紅花が使われています。紅花の色素を「烏梅(うばい)」(完熟した梅の実を燻蒸し天日乾燥したもの)で沈殿させた「艶紅(つやべに)」は、江戸時代以前に女性の口紅や頬紅としても利用されていました。
烏梅は染色だけでなく薬としても用いられていました。700年前と同じ製法で烏梅づくりをしているのは、いま奈良の月ヶ瀬村に1軒だけ。以前から東大寺に色和紙を納めていた父が、止めないでほしいとご主人を必死に説得して、烏梅づくりを続けていただいた。その技術で人間国宝に指定されました。
染師の熟練の技とともに、自然材料が何か一つ欠けても伝統の色を染めるのは難しいのです。
世界が驚いた日本の植物染めの美
V&A博物館の学芸員が驚いたのは、古典をもとに1000年の時を超えて植物染めで再現された美しい日本の色彩でした。コレクションされたのと同様に、希少な植物のいのちで染めた「日本の色」を見せていただくと、植物からこれほどクリアな色が生まれるのかと驚くほど、鮮やかでみずみずしい。しかも色そのものに奥行きがあるように感じます。
植物染料で染めた色は深みがあって、奥底から光を放っているように見えます。どんな色でも簡単に染められる化学染料と違って、植物染めは何日もかけていくつもの工程を経て染めるので、染料が繊維の芯まで届いているからかもしれない。自然の成分にはまだ科学で読み切れていないものもいろいろ含まれているだろうと思います。そういうものが大事なんやね。
多様な自然に支えられた伝統の色を未来へつなぐために
染料植物は1000~2000種類あると言われますが、吉岡さんは「すべての植物は染料になり、薬効成分もある」と、考えています。人はその中からより有効な植物を染料として選び出し、活用してきました。しかし日本に長く伝えられてきた植物染めは、化学染料の普及とともにわずか100年あまりの間にすたれ、かつてあった植物の多様性も失われようとしています。伝統文化の衰退と自然環境の危機は軌を一にしています。
昔と比べると、植物から汲み出す色は落ちているように感じます。大地が弱っているというか、市場原理で人間がほかの生き物を犠牲にし、地球を痛めつけてきた影響がさまざまな形で出ているのではないか。自然に対する畏怖、畏敬がないからどんどん破壊していく。何でも人工的に推し進めていくと、必ずしっぺ返しが来ます。人間は地球の一員であり、ありがたく暮らさせてもらっているのやという精神性がないとだめやと思うね。
植物染めの仕事は、旧暦にしたがって春に蓼藍の種をまき、夏になると蓼藍や紅花を収穫し、藍染めが最盛期を迎えます。秋には刈安や団栗(どんぐり)が届き、庭の竈で稲わらを燃やしてわら灰を作り、冬は寒紅の紅花染めを集中して行います。1年が歳時記のように季節に合わせて循環しています。日本の美しい伝統色を未来につなげるには、この循環が持続することが大切です。
「日本の色」を通して見えてきたのは、人と自然の深い関わり。いま、伝統文化を入口にして、文化と自然のつながりを考えようという試みが、全国の自然史博物館を中心に始まっています。次回はその取り組みをご紹介します。
※画像提供:クレジットのないものはすべて紫紅社
◯インフォメーション
英国V&A博物館 吉岡幸雄作品展
「In Search of Forgotten Colours 失われた色を求めて」
会 期:2019年3月4日(月)~2020年1月31日(金)
※好評に付き「2018年6月2日(土) 〜2019年1月27日(日)」の会期より延長
会 場:ヴィクトリア&アルバート(V&A)博物館 東芝ギャラリー(Cromwell Road, London, SW7 2RL)
時 間:10:00~17:30
※休館等詳細については公式サイトよりご確認ください。
イギリスの伝統あるV&A博物館に収められた吉岡さんの作品は、約70色の絹織物をはじめ、染め和紙、法会の造り花など150点あまり。現在、同博物館の東芝ギャラリーで特別展示されています。
植物染めのシルクの制作を8Kスーパーハイビジョンで撮影した映像を特別編集し、V&A博物館の会場で上映しています(2018年9月末までオリジナルと同様8Kで、その後は4Kでの上映)。制作著作:NHKエンタープライズ。
〈吉岡幸雄さん プロフィール〉
1946年、京都市生まれ。73年、早稲田大学第一文学部を卒業後、美術図書出版「紫紅社」を設立。88年「染司よしおか」の5代目当主を継承し、植物・天然染料による日本の伝統色の再現に取り組む。古社寺の行事に関わり、薬師寺「玄奘三蔵会大祭」での伎楽装束、東大寺の伎楽装束などを制作。正倉院御物の「羊木臈纈(ろうけち)屏風」などの復元も手がける。2008年には成田国際空港第2ターミナル到着ロビーのアートディレクターを務める。2009年京都府文化賞功労賞受賞、2010年第58回菊池寛賞受賞、2012年NHK放送文化賞受賞。主な著書に、『日本の色辞典』(紫紅社)、『千年の色』(PHP研究所)、『日本の色を染める』(岩波新書)など多数。
■公式サイト
紫のゆかり 吉岡幸雄の色彩界 https://www.sachio-yoshioka.com/
吉岡さんの著書:『日本の色辞典』『「源氏物語」の色辞典』『王朝のかさね色辞典』『日本の色の十二カ月』(いずれも紫紅社刊)
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