ダンサーと振付家の労働問題について
前提
私は現在30歳。ダンスでの収入は月0〜2万円程度(0の月の方が圧倒的に多いので、実質ほぼ無職)。
昨年まではWebデザイナーとして週3日×6時間のアルバイトをしていたが、うつ病を再発し勤続不可能になった。
今は貯金を切り崩したり運用したりしながら、パートナーの収入に頼って生活をしている。
ここでは「日本のコンテンポラリーダンス界」に限定して話を展開する。
私から見えている景色はひとまずこのようなものである、という確認である。例外や反論があれば(それは私の希望にもなるので)、ぜひ知らせてほしい。
この記事の中で、画期的な解決策の提案などはなされない。
ダンサー仲間からすれば、「あるある」の範疇にとどまる話だと思う。
けれど、これを文章化することに今は意味があると考えている。
状況を改善していくための、小さな手がかりになりますように。
◯ダンサーの労働問題
多くのダンサーは、ダンス以外の仕事(アルバイト)を主な収入源にしている。
ダンスの舞台に出演する場合には、1週間程度アルバイトを休まねばならない。
まずはその条件のもとで仕事を探すことになる。
その結果、多くの若いダンサーは、シフトに融通の効きやすい飲食店や小売店などで働くことになる。(便宜上、ここではまとめて「飲食店アルバイト」と呼称する)
■加齢とリソースの不足
若いうちは飲食店アルバイトと稽古を行き来する日々でもなんとかなるが、
加齢とともに体力は低下するし、ダンスにもっと力を注ぎたい ということになってくると、飲食店アルバイトではお金も時間も足りなくなるし、何より気力・体力を消耗しきってしまう。
そこで、30歳手前くらいを目安に、より高時給で消耗の少ない仕事を探すことになる。
そういった仕事に就くための技能を手に入れる。手に職をつける。
ここで「ヨガ講師」「ダンス講師」などの道に進む人もいれば、「劇場スタッフ」「舞台技術職」など、少しでも舞台に関わる仕事を選んだり、私のようにWebデザイナーなど、デスクワークを選ぶ場合もある。
私の周りのダンサーは、平日昼間は毎日(週5日)働いている という人が多い。
なので必然的に、稽古は平日夜か土日に行われる。
飲食店アルバイトより体力的に少しはマシだが、仕事と稽古を往復する日々に変わりはない。
(ここまでは現状の確認。本題はここから。)
■ダンサーとしての待遇の問題
ここでは、ダンサーとして舞台作品に出演した際の待遇にのみ言及する。
とある舞台にダンサーとして出演した際の謝礼(ギャランティ)が[3万円]だったとする。
相場的に、おそらくこれはかなり良い方で、正直[0円]の現場も多いだろう。今はとりあえずそのことは置いておく。
通常、この[3万円]に諸経費は含まれない。
この舞台のリハーサル(稽古)が20回あったとする。
週2回 × 10週間(2.5ヶ月) でこれくらいの回数になる。
(平均よりやや少なめ?)
これにプラスして小屋入り期間が2日、本番が3日間4ステージとしよう。
稼働日数は全部で 25日
往復1000円の交通費 × 25回 = 25000円
稽古中・本番中の飲食代 1回200円だとして、× 25日 = 5000円
以上の諸経費で謝礼の[3万円]は消えてなくなる。
リハーサル・本番期間の時給は0円ということになる。
リハーサルが1回4時間、小屋入り〜本番期間が10時間拘束とすると、130時間の無給労働。
小屋入り・本番の5日間はアルバイトができないが、その分の給与の補償はない。
これくらいが当たり前なのである。
上記の例はまだ良い方で、ダンサーが身銭を切るハメになる場合も多い。
そのことを、振付家である私は、ダンサーたちに対して「申し訳ない」と感じる。
振付家はダンサーに対して雇用主の立場であるが、彼らの生活を保障するだけの充分な謝礼を払えないことについて、後ろめたく感じることが多々ある。
◯振付家の問題
■作品創りの省エネ化問題
ダンサーたちはみな、忙しい仕事の合間をぬってリハーサルに来てくれる。
そんな彼らに充分な出演料を払うこともできない。
そうなると、どういったことが起こるか?
以下である。
- 稽古回数を減らす
- 出演人数を減らす →究極は【ソロで自作自演する】
- できるだけ「大変」な作品創りを避けるようになる
- ユニゾンや複雑な振付を減らす
- 少ない振付要素を何度も繰り返したり応用する
- 見知ったダンサーにのみ依頼する(新人を育成しない)
- 即興の割合を増やす
- スタッフワークや音響照明キューをできるだけ簡潔にする
関わる人の負担を減らそうと、「作品創りの省エネ化」が起こる。
また、そもそも振付作業というのは、とんでもなく時間と労力がかかるものである。
たった30秒の振付を、4時間かけて考えるようなことだってザラにある。
しかし、この振付作業に対しても充分な対価が得られる見込みがないため、振付の仕事自体も消耗戦になり、次第に省エネを意識せざるをえなくなる。
すると、以下のようなことが起こる。
- 過去に創った振付を使い回す
- 慣れた手法での創作にとどまる
ダンサーだって経済的に苦しいが、振付家はもっと苦しい。そんな中で、
- 美術家に大きな舞台装置を作ってもらおう!
- プロの映像を入れよう!
- 特殊照明機材を入れよう!
- 出演者を増やそう!
- 広い稽古場を借りて大掛かりな作品をやろう!
……なんていう気には、とてもなれないのだ。
それは、「ダンスに対する熱意が足りない」からでは、断じてない。
絶対に違う。
自分の命の存続のほうが、生き長らえていくことのほうが、作品創りよりもずっと大切なのだ。
「命を削って、寝食も忘れて、苦しい生活をものともせずに」作品創りに打ち込むアーティストが、ある日突然「発見されて」世に出てくることを待ち望むような風潮が、ダンスに限らずアートにはありがちだ。しかしさすがにもう、そういう時代ではない。作品のために命を削っていては、本当に死んでしまう。
また、かつて「発見された」であろうアーティストも、現在では予算の縮小・助成金のカットによって、規模を縮小した創作をせざるをえなくなってきている。
コンテンポラリーダンスの舞台公演に助成金が降りづらくなっている・そもそも助成自体が少なくなっているというのは、今に始まった話ではない。
そうなってくると、若手や学生はそもそも「贅沢に創作された作品」に触れ合う機会自体が少なくなり、より将来のビジョンを描くことが困難になる。
……表面的には「力のあるアーティストが少なくなった」かのように見えている現状は、おそらくこのような有様である。
誰が悪い、とかいう話ではない。
振付家に仕事を依頼する側である劇場や団体も、きっとお金がないのだ。
そんな中で、なんとか状況を良くしようと、誰もが手を尽くしてくれている。
もちろんお客さんだってお金がない、ただでさえ割高に感じられるチケット料金を、これ以上吊り上げるわけにもいかない。
■作品の長さ(尺)問題
お金がないことから派生する諸問題に加えて、振付家に苦労を強いている点としてひとつ挙げられるのが、ダンス作品の長さに関する問題である。
いまの「日本のコンテンポラリーダンス界」では、1時間近くの作品を創ることができてはじめて1人前、というような風潮がある。
さらに言えば、1時間近くの作品だけが商品価値をもち、パッケージとして「売る」ことができる というように考えられがちである。
振付家を目指す若者は、まずは10分〜20分の小作品を創り「登竜門」などと言われるコンペやショーケースに出品するが、その小作品に値段はつかず、ほとんど制作費は自腹。
コンペで入賞などした暁には、はじめて「商品」である1時間の作品を創って、その発表をもって受賞公演とするよう、必ずといっていいほどレールが敷かれている。
[1時間]というのは、演劇などと同じような形式の “公演” の単位である。
[1公演]の単位を統合された1作品で埋めることが前提となっており、長い作品を創らない振付家は実績が評価されづらく、各種助成や公演機会を得ることもなかなか難しいのが現状だ。
しかし、この[1作品=1公演]という前提は、決して当たり前ではない。
20世紀初頭にアメリカ・ドイツで始まり日本にも輸入されたモダンダンスは、2〜10分程度の1曲=1作品をいくつも上演する「リサイタル形式」の公演がごく普通に行われていた。作品ごとに、出演者・衣装・テーマ・世界観がコロコロ変わる。
また、世界的に「名作」と言われ歴史に残っているダンス作品は、必ずしも1時間近い長さではない。5分の名作、15分の名作がいくつもある。
ところが、いまの演劇と同じフォーマットを強要するコンテンポラリーダンスのビジネスモデルでは、5分・15分の作品はなかなか商品価値がつかない。
このことが、上述した「作品の省エネ化」の問題と併せて、振付家(私)を苦しめていると感じる。
1時間近い作品を創るには、ある程度大きなスケール・大きな予算が必要であるということ。
また、そもそもダンスという芸術はあまり長時間持続した鑑賞に耐えるようにはできていないのではないか、その中で「振付家の誰もが1時間の作品を創作できて当たり前」とするのは無理があるのではないか、というのが私の考えである。
もちろん長尺の作品を得意とする振付家は多く存在するし、物語の助けを借りるなどすれば(クラシックバレエの全幕物のように)長い時間の作品を飽きずに見せることも可能ではあるが、それ以外の選択肢が閉ざされているかのような現行の制度に問題があると感じている。
■コンテンポラリーダンスの再演不可能性
この際だからもう1つ言わせて欲しい。
作品創りの省エネ化にともなって、過去の作品の「再演」の有用性に目をつける向きがある。
もちろん、再演自体が悪いわけではない。
過去の作品を改めて多くの人の目に触れさせることにはメリットがあるし、踊り直すことの意義も承知している。
しかし、ここに「コンテンポラリーダンス」が「コンテンポラリー」であるがゆえの困難さが発生する。
コンテンポラリーダンスの踊り手・作り手の身体観の変化の速さ・大きさは、おそらく観客や批評家の想像をはるかに凌ぐ。
半年前にはある切実さをもって踊ることができていた振付が、今ではサッパリ、どう手をつけて良いのやら全くわからない、ということがよく起こる。
身体観、社会とのつながり、興味、視点は、踊りがコンテンポラリーであればあるほど、急速に移り変わっていく。
それでも「再演」が既に決まっている場合、なんとか今の自分に引き寄せて踊りきってみせるが、本当は心ここにあらず、まるっきり別の踊りの波に潜ってみたい、という自分の欲求をなんとか隠して乗り切るようなことだってあったりする。(プロ失格と言われようが、そのような自分との戦いはきっと再演に臨んだ経験のあるダンサーなら思い当たる節があるはず)
クラシックバレエやその他の「型」が強く存在する舞踊では、このようなことは起こりにくいと考えられる。「オーロラ姫のバリエーション」を何度踊っても新鮮な発見があり、その都度あたらしく自分の課題が見つかる。それは「型」があるからこそだと言える。
「型」がないと言われるコンテンポラリーダンスは、踊るということそのものの動機を、その時その瞬間の身体の切実さに頼っている。「型」があるから踊るのではなく、自分が今そこにいるから踊る。身体が変わり、時代が変われば、振付家・ダンサーにとっての「踊り」そのものがまるで変わってしまう。
もしかすると観客は、過去の名作を何度だって観たい、と思うかもしれない。
むしろ最近の作品よりも、昔の作品をもっと観たい、という人もいるだろう。
しかし、それをコンテンポラリーの振付家に求めることは、場合によっては酷である。
身体も変わるし、社会も刻一刻と変わっていく、その中にあって変わらないなんていうのは、もはやコンテンポラリーダンスではない。
◯撤退戦・消耗戦
私が大学を卒業した2010年の頃にはもう、「コンテンポラリーダンスでひと旗揚げる」という夢はみづらくなってしまっていた。
「ダンスカンパニー」の設立が激減したのも、その頃からだと思われる。
私は全然 “売れっこ” では無いので、私よりももっと希望に溢れた景色を見ている振付家がいるかもしれない。私がその場所へ行けていないのは私の実力不足によるものだろうが、そうやって自分を責めることにも疲れてしまった。
こんなことを言うのは本当に情けないのだが、「君には才能がある」「応援している」と言ってくれる人がたとえいたとしても、その人が、生きて創作を続けていけるだけのお金や環境を、ポンと与えてくれるような世の中ではないのだ。
「白井 愛咲 | shirai aisa」内Blog、2018年7月9日掲載の「ダンサーと振付家の労働問題について」を転載。
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