アンディ・ウォーホルのスーパースターニコも。ロマンと狂気と死。ドキュメンタリーの衝撃に打たれる
今年2018年に、『万引き家族』でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞して話題となった是枝裕和監督。そして同映画祭への招待作品の常連、河瀬直美監督。2人はともにドキュメンタリー・フィルムという出自の持ち主。いつまでも心に残る感動作品、魅惑の人物の人生を描いたものや狂気に満ちた衝撃作まで、ドキュメンタリーの傑作と怪作をご紹介しましょう。
幻の音楽家を探し求めて
感動的なラストでいま思い出しても泣けてくるのが、マリク・ベンジェルール監督による『シュガーマン 奇跡に愛された男(Searching for Sugar Man)』(2012年)。アカデミー賞ドキュメンタリー長編賞受賞、サンダンス映画祭 ワールドシネマ観客賞、トライベッカ映画祭観客賞など多数の映画祭で受賞した珠玉のドキュメンタリーです。
1968年アメリカのデトロイトのバーで歌っていたロドリゲスは、大物プロデューサーに見出されデビューアルバム『コールド・ファクト(Cold Fact)』を発表。しかしアルバムはまったく売れず、男は誰の記憶にも残らず、跡形もなく消え去ります。
やがてその音源は運命に導かれるように海を越え、遠く南アフリカへの地へ。反アパルトヘイトの機運が盛り上がる中、体制を変えようとする若者たちの胸に突き刺さった彼の曲は、革命のシンボルになっていきます。失意のうちにステージで自殺したと噂される幻のミュージシャン、ロドリゲスの行方を追った奇跡のドキュメンタリー作品です。
こちらのドキュメンタリーもアフリカ絡み。デヴィッド・バーン(David Byrne)主宰の音楽レーベル「ルアカ・ボップ(Luaka Bop)」のチームが、ナイジェリアの謎のミュージシャン、ウィリアム・オニーボール(William Onyeabor, 1946〜2017)を探し求めるショートフィルムです。
わたし、ウェブで発見したオニーボールの音源を音楽クラウドサービス「サウンドクラウド(SoundCloud)」にアップしていたんですが、ある日ルアカ・ボップから「ウィリアムとコンタクトが取れて、正式にアルバムをリリースする契約になったので、音源を全部削除してほしい」とのメッセージが。
へ〜そりゃスゴイな!と思っていたら、やがてこのショートフィルムが公開されました。
ウィリアム・オニーボールの曲「ファンタスティック・マン(Fantastic Man)」は、AppleのiPhone 7 PlusのPVにも使用されました。
ミュージックビジネスから引退したオニーボールは、その後は敬虔なクリスチャンとしてナイジェリアで静かな生活を送り、2017年1月に死去しました。しかし70年代のアフリカで自前の音楽スタジオを持ち、どうやって数多くのシンセサイザーを所有できたのか、いまだに謎です。
アンディ・ウォーホルのアイコン、ニコの生涯
『ニコ・イコン(Nico Icon)』 (1995年) は、60年代のアンディ・ウォーホルのアイコンの一人、ニコ(Nico, 1938〜1988)の生涯を追ったドキュメンタリー。
ニコは、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol, 1928〜1987)のスタジオ「ファクトリー」で制作された実験映画『チェルシー・ガールズ (Chelsea Girls)』(1966年)に出演。
ウォーホルがプロデュースした、ルー・リード(Lou Reed, 1942〜2013)とジョン・ケイル(John Cale)のバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(The Velvet Underground)の1967年のデビュー・アルバムに参加したことでも有名です。
ニコの低い地の底から響いてくるような歌声は独特で、ファッションモデルとしてデビューした美貌とともに人々に強烈な印象を残しました。晩年はヘロイン中毒によりゲッソリと痩せて、痛ましい容貌になってしまいましたが、70年代のパティ・スミスのように、ニューヨークのアンダーグラウンドシーンを象徴する存在でした。
映画ではジョン・ケイルやジョナス・メカスをはじめとする関係者へのインタビューを通して、音楽の世界へ入るきっかけとなったボブ・ディランとの出会いや、ドアーズのジム・モリソンへの愛、俳優アラン・ドロンとの間の息子のことなど、ニコの実像を明らかにする内容となっています。
最悪が輝く狂気のドキュメンタリー
エンドロールの前に流れる「その後」のあまりにも哀しい顛末に、全身の力が抜けてしまったドキュメンタリー『クラム(Crumb)』(1994年)。アメリカン・アンダーグラウンド・コミックスの第一人者、ロバート・クラム(Robert Crumb)のファミリーを描いた、テリー・ツワイゴフ監督、デヴィッド・リンチ製作総指揮による映画です。
クラムの1ページコミック「キープ・オン・トラッキン(Keep On Truckin’)」(1968年)の表題は、カウンター・カルチャーを象徴するフレーズになり、「フリッツ・ザ・キャット」や「ミスター・ナチュラル」などのキャラクターは、ヒッピー・ムーブメントを背景に人気となりました。
ロバート・クラムは、ジャニス・ジョプリン(Janis Lyn Joplin, 1943〜1970)がリード・ヴォーカルで参加していた「ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニー(Big Brother and the Holding Company)」の全米1位を獲得した1968年のアルバム、『チープ・スリル(Cheap Thrills)』のカバーアートも担当していました。
映画は「何と最悪に輝いているんだ!!」の秀逸なキャッチフレーズの通り、アメリカの狂気をえぐり出す内容で、最悪に落ち込んだ状況で観ると救われるか、もしくは百倍落ち込むかという作品。
いままで観たドキュメンタリーのなかでも、もっとも衝撃的、破壊的なものの一つでした。
なんだか、60年代後半から70年代に関係する人物のドキュメンタリーが多くなってしまいました。
まあ、歴史を振り返るという意味でも、興味のある作品があったらご覧になってみてください。
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