人災に翻弄される美術品ーベルン美術館で公開中の「グルリット・コレクション」:アートをおしきせ 20180517

人災に翻弄される美術品ーベルン美術館で公開中の「グルリット・コレクション」:アートをおしきせ 20180517
ナチスによって迫害された美術品を集めた「退廃芸術展」
(Bundesarchiv, Bild 146-1974-020-13A / CC-BY-SA 3.0 [CC BY-SA 3.0 de], via Wikimedia Commons


スイスのベルン美術館でナチスによって略奪されたとみられる美術品の展覧会が開かれています。


作品の出どころはドイツ人のコルネリウス・グルリット(Rolf Nikolaus Cornelius Gurlitt, 1932~2014)。81歳でこの世を去った彼の部屋には、美術商であった父ヒルデブラント・グルリット(Hildebrand Gurlitt, 1895~1956)のコレクションが、長年ひっそりと受け継がれていました。そのコレクションは彼がナチスとの関与の中で得た美術品から成り立っていますが、当時ナチスは美術作品をユダヤ人所有者や美術館から不当に奪取しており、まさにいわくつきのコレクションといえます。昨年開催された世界有数のアートの国際展「ドクメンタ14」でもこのコレクションを展示するプランがありましたが、残念ながら実現しませんでした。

グルリット家は音楽家や建築家、学者、画家等を多く排出する芸術的、文化的な一族で、ヒルデブラント自身、若くして、音楽家ロバート・シューマンの生誕の地であるツヴィッカウで、博物館の館長を務めています。ユダヤ人の祖母を持つ彼は、ナチスの台頭とともに要職を追われ、最終的にはなんと、ナチス専属の美術商へと転身することに。ナチスは、印象派以降の、ナチスが「退廃的」と断じた近現代の美術品没収を組織ぐるみで行いますが、ヒルデブラントは、その対象となった作品の評価、売買に携わるようになります。出自ゆえに彼のキャリアは台無しにされたのに「なぜ?」となりますが、彼の美術に対する専門知識、審美眼、培った人脈が買われたからだと思います。

実はヒルデブラントは、ナチスが「退廃芸術」と烙印を押すことになる表現主義をはじめとする当時の現代美術に造詣が深く、ツヴィッカウの博物館館長時代には、この地に生まれた表現主義の画家マックス・ペヒシュタイン(Max Pechstein, 1881~1955)の展覧会を開催しています。本来博物館はザクセン王家にまつわる品を収蔵していましたが、彼の意思で現代美術が多く紹介され、博物館のコレクションにも加えられたそうです。ナチス政権下で、ユダヤ人の血を引くヒルデブラントが熾烈な駆け引きを続けて生命をつないだことは想像に難くありませんが、ナチスの犯罪に加担したことは厳然たる事実。

マックス・ペヒシュタイン《Badende(水浴びする人たち)》1911年、キャンバスに油彩、70.49 × 80.65 cm、アメリカ、ヴァージニア美術館蔵

マックス・ペヒシュタイン《Badende(水浴びする人たち)》1911年、カンヴァスに油彩、70.49 × 80.65 cm、アメリカ、ヴァージニア美術館蔵
(Public Domain, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:VMFA_2009-261a_v1_KW_x-1024x895.jpg


ナチスが奪った美術品は、廃棄、ナチスの資金源として売却、ナチス関係者のコレクションに加えられるなどの憂き目にあいますが、その大部分は行方不明、みつかっていても持ち主が特定出来ていないものが多いのだそうです。仮に本人や遺族が持ち主であると主張しても、既に国内外の個人ないしは公的機関のコレクションとなっており訴訟に発展するケースもあります。その有名なものとしては、グスタフ・クリムト(Gustav Klimt, 1862~1918)の作品《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》の所有を巡ってモデル女性の姪とオーストリア政府が争った裁判が、映画(『黄金のアデーレ 名画の帰還(字幕版)』)にもなっています。

Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=153485

グスタフ・クリムト《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ》1907年、カンヴァスに油彩、銀箔、金箔、138×138cm、ニューヨーク、ノイエガレリエ蔵
(Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=153485


以前読んだ「デイリー新潮」の記事「「ナチス略奪美術品」の深い闇――福田直子(ジャーナリスト)」に日本でもナチスが略奪した美術品がみつかっていたことが述べられており、散逸範囲の広がりに驚きました。2011年にはナチス時代に行方の分からなくなった美術品も含む文化財のデータベースのポータルサイトが公開されており、欧米諸国が参加するその規模から、今後も人類の歴史上重要な発見が続けくことを期待します。グルリットのコレクションは氷山の一角なのです。

 

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