ザッカーバーグ氏も松本大氏も I’m sorry? 絵画の中の「I’m sorry Suit」

芝田江梨

芝田江梨

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先日facebookユーザー8,700万人分のデーター不正利用の問題で、米上院公聴会で証言するとともに謝罪した同社CEOのマーク・ザッカーバーグ氏(Mark Zuckerberg)。その模様は様々なメディアで取り上げられました。


その中でふと目に留まったのが「The New York Times」の記事「Mark Zuckerberg’s I’m sorry Suit」。普段Tシャツの彼もさすがにスーツなんだ(そして好感度の高い青系・・・)と納得と驚きがないまぜになった複雑な思いを抱くとともに、「I’m sorry Suit」という言葉がひっかかりました。

マニュアル化?儀式化?した謝罪会見をよく目にするせいか、「謝罪」という言葉を耳にすると報道カメラのシャッター音が鳴り響き、フラッシュが光る中、頭を下げる男性の姿が浮かびます。「いらすとや」でも「謝罪」で検索するとこんなイラストが。

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つい最近の日本でも「謝罪」ではありませんが、似たイメージとして…。

誠意の表明。その姿勢を表現するには「郷に入れば郷に従え」で、自分のルールではなく、それぞれのコミュニティーに通用するユニフォーム、仕草を取り入れる必要があるのですね。とはいえ、今みたいなスーツが無い時代は何を着ていたのか、疑問がわきます。

 

歴史上お詫びといえば・・・

まず浮かんだのは1077年に起こった「カノッサの屈辱」。ローマ王ハインリヒ4世がローマ教皇グレゴリウス7世との緊張関係の中で破門、帝位剥奪を宣言され、その解除のため許しを乞うたという事件です。そもそも対立関係にあり緊張感漂う間柄の二人。そうした関係性もあり、許しを得るまでの3日間、真冬の寒空、裸足でグレゴリウス7世が滞在するカノッサ城の門前に足を運んだのだとか。更に謝罪の姿勢を伝えるために、自身の武装を解いて粗末な修道服に服装を改めたそうです。

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画像中央にひざまずくのが、ハインリヒ4世。青という色はいつの時代にも信頼や好感を得るのにふさわしい色なのでしょうか。
改まった印象の修道服という制服、質素、清廉な青色。服の形は違えど、好感を得つつ受けて入れてもらうためのポイントは同じのようです。

例えば、映画の中での色表現をまとめた映像『COLOR PSYCHOLOGY』では青は「calm」、穏やかさ、沈静化を表す色として紹介されています。

COLOR PSYCHOLOGY from Lilly Mtz-Seara on Vimeo.

結果的にグレゴリウス7世は、ハインリヒ4世への宣言を撤回、両者は和解します。一時的に。

 

絵画の中の「I’m sorry Suit」

中野香織著『スーツの文化史』によると、「現代の背広服のような上下揃いの記事で作られた「スーツ」の直接の祖先は、十九世紀中期に誕生する「ラウンジ・スーツ」」とのこと。

StateLibQld 1 115220 G. Edmondstone, Mayor of Brisbane, 1863

当初はインフォーマルでくつろげる服として登場しながらもその姿は変遷し、二十世紀に入るとあらゆる場面に対応可能なフォーマルウェアとして認識されていきます。初期のラウンジ・スーツはカジュアルウェアということもあり柔らかで柄付の素材、色も比較的明るいもので作られていました。しかし素材は次第に無地、上下ダークな色合いに変化し、現在のスーツの姿へと進化を遂げます。公式の場にふさわしい服装、現行の「I’m sorry Suit」の誕生もその変化と歩みをともにしているといえます。

それ以前の「I’m sorry Suit」については…写真や西洋絵画の中にその姿を探すことが出来そうです。

その当時の最新流行、自分が人に与えたいイメージを念頭にまとった衣装。
時代時代の「I’m sorry Suit」を絵の中に辿るのも面白そうです。