古代の医師たちの教えを伝える夏のレシピ「生ハムメロン」

井澤佐知子

井澤佐知子

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ジョヴァンナ・ガルツォーニ《Still Life with a Melon on a Plate, Grapes and a Snail》、1642年~1651年頃、カンヴァスに油彩、35.5 x 49.5 cm、イタリア、フィレンツェ・パラティーナ美術館蔵
By Sailko [CC BY-SA 3.0], from Wikimedia Commons

 
イタリアやスペインでポピュラーな組み合わせの「生ハムメロン」。盛夏の時期、涼しい木陰でむさぼりたいおいしさです。

とはいえ日本ではフルーツとお肉の組み合わせにまだ抵抗のある方もいるのでは?

一見不思議なこの組み合わせ、実は古い歴史があります。 

 

ある意味「薬」!食事療法だった生ハムメロン

 古代には、「四体液説」という医学理論があったのをご存知でしょうか。

「医学の父」とも称される古代ギリシアの医者ヒポクラテスの時代から、近代医学が誕生する19世紀まで信奉されていた理論です。簡単にいえば、体内には4つの要素があり、そのバランスによって体調が決まるというのがその説でした。その4つとは、「熱(身体を温める)・冷(身体を冷やす)・湿(身体に水分を与える)・乾(身体を乾燥させる)」。

ちなみに若者は「熱・乾」の要素が多く、高齢者は「冷・湿」が要素が多いといわれていました。このバランスが崩れると病気になると考えられていたため、過剰になりすぎたものは減らし不足しているものを補給することの出来る食事は重要な療法であったのです。

この説に従って生まれたのが、「生ハムとメロン」の組み合わせでした。メロンは「冷・湿」、生ハムは「熱・乾」を代表とされていたため、バランスの良いレシピとして誕生したのです。

現代も前菜として登場する「ナシとチーズ」の組み合わせも、この理論から誕生したのです。いずれも、中世の医師たちが推奨した食事療法でした。

今となっては食事療法はそっちのけ、美味しさありきの組み合わせとなっていますが、実際メロンは身体に、そしてうれしいことに美容にも効く食材です。甘くてもみずみずしいのは水分が多いからで、実は低カロリー。むくみに効果的な「カリウム」や、老化防止に役立つビタミンAが豊富。食べない手はありません。

それではせっかくなので、メロンにまつわるエピソードをいくつかご紹介します。

 

 古代から人気者!?セレブやグルメに愛されてきたメロン

 

クロード・モネ《Nature morte au melon》、1872年、カンヴァスに油彩、53×72cm、ポルトガル、グルベンキアン美術館蔵
クロード・モネ《Nature morte au melon》、1872年、カンヴァスに油彩、53×72cm、ポルトガル、グルベンキアン美術館蔵

旧約聖書の「民数記」にも登場するメロンは、古代では富裕層や美食家だけが口にできる贅沢品でした。

アフリカが原産といわれるメロンは、1世紀になるとローマにも到達し瞬く間に広く栽培されるようになります。当時の人々は、メロンをフルーツとしてではなく野菜としてとらえ、サラダにして食べていたという説もあります。

中世、ルネサンスを通してメロンの人気は衰えず、街中の庭でもメロンが栽培されていたそうです。特に美食で有名な地域のモデナやレッジョ・エミーリアでは栽培が盛んに育てられメロンにまつわる半信半疑な言い伝えまで残っています。

おいしいけれど消化が難しいといわれたメロンをことのほか愛したフェッラーラの公爵アルフォンソ・デステが、1534年にメロンの食べ過ぎで死んだというのです。ただアルフォンソ公爵が亡くなったのは、公式には1031日。メロンの季節としては少し遅いという気が…。

加えて、中世においては「メロンの食べ過ぎで4人の皇帝と2人の法王が死亡した」とまでまことしやかにささやかれ、医師たちは食べすぎ注意を促したようです。それだけ、メロンがおいしかったという証拠かもしれません。

 

メロンは北イタリアの都市「トリエステ」のシンボル

 

トリエステのサン・ジュスト城に残るアクロテリウム。かつては教会の鐘楼を飾っていました。13に切られたメロンは、当時の有力貴族を表しています。
トリエステのサン・ジュスト城に残るアクロテリウム。かつては教会の鐘楼を飾っていました。13に切られたメロンは、当時の有力貴族を表しています。

メロンはまた、北イタリアの美しい都市トリエステのシンボルの一つとされています。

トリエステの名所の一つサン・ジュスト城には、かつて教会の頭部を飾っていたメロンの形の装飾が残されています。13に切り分けられた果肉の一つ一つが、中世に勢力を誇ったトリエステの貴族を表しているというのが定説に。

「トリエステのメロン」と呼ばれて、町のアイデンティティとなっています。

 

繁殖能力のシンボル=知性の欠如?

 

ルイス・メレンデス《メロンと梨の静物画》、1770年頃、カンヴァスに油彩、63.8×85.2cm、アメリカ、ボストン美術館蔵
ルイス・メレンデス《メロンと梨の静物画》、1770年頃、カンヴァスに油彩、63.8×85.2cm、アメリカ、ボストン美術館蔵

種の多いフルーツは、古代から多産のシンボルとされてきましたが、もちろんメロンもその1つでした。ところがそのポジティブなイメージに対して、神学者や哲学者の中には、繁殖能力が強いということはすなわち知性や抑制力の欠如という主張をする人もいたのです。

例えば、16世紀の医者で植物学者であったカストーレ・ドュランテ(Castore Durante, 15291590)はその著作の中で、「メロンは精子を減少させる」と明言しています。

 

甘く切ない友情の味

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《メロンとブドウを食べる子どもたち》、1654年頃、カンヴァスに油彩、145.9×103.6cm、ドイツ、ミュンヘン・アルテ・ピナコテーク蔵
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《メロンとブドウを食べる子どもたち》、1654年頃、カンヴァスに油彩、145.9×103.6cm、ドイツ、ミュンヘン・アルテ・ピナコテーク蔵

 一方で、甘くみずみずしいメロンを「友情のシンボル」と語った神学者もいました。

 17世紀のスペインの画家バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(Bartolomé Esteban Perez Murillo16171682)が描く《メロンとブドウを食べる子どもたち》には今にも言葉を交わしそうな2人の少年が。仲良くメロンを持つ彼らの視線には無垢な友情があふれています。