地中海の青い海と空に映える太陽の色のレモン

井澤佐知子

井澤佐知子

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ジョヴァンナ・ガルツォーニ《Still Life with Bowl of Citrons》1640年頃、羊皮紙にテンペラ画、27.6× 35.6 cm、ロサンゼルス、ゲティー・センター蔵
[Public domain],via Wikimedia Commons


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才の若さで早世した梶井基次郎(19011932)の代表作『檸檬』。

病苦と借金苦で鬱々としていた主人公を、1個の檸檬(レモン)が慰めてくれる短編の傑作は教科書にも登場します。

西洋社会におけるレモンの歴史は古く、古代ローマ時代、中世、近世と文献や絵画の中にその姿を残してきました。凜列なその香りは、『檸檬』の主人公を鬱々とした気分から救ったのと同様に、ポジティブな意味合いを持ち続けてきました。

地中海世界では生活の一部と化しているレモン

フィンセント・ファン・ゴッホ《Still Life with Lemons on a Plate》1887年、カンヴァスに油彩、21 x 26.5 cm、アムステルダム、ゴッホ美術館蔵
フィンセント・ファン・ゴッホ《Still Life with Lemons on a Plate》1887年、カンヴァスに油彩、21 x 26.5 cm、アムステルダム、ゴッホ美術館蔵
[Public domain], via Wikimedia Commons

イタリアは、コーヒーを愛好する国。

そのため、町中に星の数ほどあるバールでも紅茶を頼む人はごくわずか。紅茶を注文しても、無造作に市販のティーバックとお湯が入ったカップを渡されます。「レモンは?」と聞かれてうなずくと、受け皿に厚み5ミリはあろうかと思われるレモンが添えられてきます。そのレモンの容量で、紅茶がカップの外にこぼれ出ることもしばしば。

イタリア南部の風景にとけ込むレモンの木は、一般家庭の庭でも当たり前に植えられています。そのため、魚を料理にするときに手に付着した臭みをとるのもレモン、アーティチョークを処理するときのアク取りもレモンと、惜しげもなくレモンを使うことになります。

春ならばアスパラガス、夏ならばインゲン豆、あるいはステーキや魚介の料理にもふんだんにレモンはかけられます。

安価で手軽なレモンは、八百屋さんや市場で買い物をするとおまけにつけてくれることもあり、イタリアでは惜しむことなくレモンを消費します。

 
西洋社会へのレモンの到来は紀元前3世紀

ドッソ・ドッシ《Mythological Scene》1524年頃、カンヴァスに油彩、163.8 × 145.4 cm、ロサンゼルス、ゲティー・センター蔵, [Public domain], via Wikimedia Commons
ドッソ・ドッシ《Mythological Scene》1524年頃、カンヴァスに油彩、163.8 × 145.4 cm、ロサンゼルス、ゲティー・センター蔵
[Public domain], via Wikimedia Commons

アジアが原産のレモンが、西洋社会に到来したのは紀元前3世紀といわれています。

古代ギリシアでは、レモンの実は衣服に虫除けのために使用されたり、レモンの木は寄生虫を避けるためにオリーブの木の近くに植えられていたと伝えられています。

古代ローマ時代には、博物学者のガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus, 23~79)がレモンについて「解毒剤」であると言及しています。実は、古代ローマに実際にレモンの栽培が行われていたのか長年謎に包まれていたのですが、近年になってポンペイの〈果樹園の家(Casa del Frutteto)〉からレモンの木が描かれたフレスコ画が発見され、古代ローマにもレモンの木が存在していたことが証明されています。

ただし、レモンの木は当時は貴重であったようで、伝説によると毒殺を怖れていた皇帝ネロはこよなくレモンを愛していたのだとか。

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解毒作用=聖母マリアの象徴へ

コレッジョ《Madonna and Child with the Infant John the Baptist》1513~1514年、カンヴァスに油彩、64 × 50 cm、シカゴ、シカゴ美術館蔵
アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョ《Madonna and Child with the Infant John the Baptist》1513~1514年、カンヴァスに油彩、64 × 50 cm、シカゴ、シカゴ美術館蔵
By Sailko [CC BY 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by/3.0)], from Wikimedia Commons

レモンがヨーロッパに普及をはじめるのは、西暦も1000年を過ぎた頃です。アラブ人がシチリア島にもたらしたのを機に、またたくまに栽培が広がりました。15世紀には、北イタリアのジェノヴァにもレモンの木が植えられるようになります。

キリスト教の時代になると、宗教画にもレモンは登場するようになりました。当時は、レモンとシトロンは同じ扱いをされていました。イエス・キリストが架けられた十字架はシトロンの木であったという説があり、イエス・キリストその人や強い信仰心、あるいは神性の象徴として描かれることもありました。 

作者不詳《Madonna dei Limoni(レモンの聖母)》15世紀~17世紀、フレスコ画、セスト・カレンデ、サン・ドナート教会蔵
作者不詳《Madonna dei Limoni(レモンの聖母)》15世紀~17世紀、フレスコ画、セスト・カレンデ、サン・ドナート教会蔵
By Torsade de Pointes [CC0], from Wikimedia Commons

古代から続く〈解毒剤〉としてのレモンは、邪悪なものを除去するという意から聖母マリアの象徴としてメジャーになったようです。めったに枯れないレモンやシトロンは〈腐敗しない〉と言われ、自然に永遠の処女性を持つ聖母マリアと関連づけられました。清新な香りや乙女を思わせる可憐な花も、レモンが聖母のシンボルとして定着した理由であったのかもしれません。また、地中海のレモンは放っておいても次々に実をつける習性があり、豊産性でも知られています。このため、その豊穣さが愛されて神学者たちは豊かな神の恩寵と解釈することもありました。

 
静物画の定番として

ウィレム・クラース・ヘダ《Still life with oysters, a rummer, a lemon and a silver bowl.》1634年、パネルに油彩、43×57cm、ロッテルダム、ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館蔵
ウィレム・クラース・ヘダ《Still life with oysters, a rummer, a lemon and a silver bowl.》1634年、パネルに油彩、43×57cm、ロッテルダム、ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館蔵
[Public domain], via Wikimedia Commons

16世紀になると、レモンの黄色は太陽の光を映すという説が生まれて、レモンには自然の魔力が備わっていると言われるようになります。

17世紀から18世紀にかけて、スペインやフランドルでは静物画が大流行。その定番として、よくレモンが描かれるようになります。特にフランドルではなぜか、皮をくるくると剥かれたレモンを描くのが大流行しました。

 
マフィアに財源をもたらしたレモン

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ローマ郊外カステッリ・ロマーニ地方の青空市場にて、有機栽培のレモン。購入するより、おまけでもらうことが多いのがイタリアのレモン。

聖母マリアのシンボルに相応しいさわやかな香りのレモンですが、近代に入るとマフィアが絡んだ世俗的な事象とも関わりを持つようになります。

映画『ゴッドファーザー』を語るまでもなく、マフィアの起源は1800年代のシチリア島にあります。

1870年頃、レモンをはじめとする柑橘類の需要が急上昇します。原因は、船員たちのあいだに蔓延していた壊血病でした。ビタミンCの欠乏から発祥するこの病気が、レモンを摂取することで予防できると発見されたのが18世紀半ば。

その発見に後押しされ、イタリア王国の一部となったばかりのシチリア島にレモンによるバブル経済が発生したのです。実際、レモンの木の栽培が行われていた地域ほど、マフィアの数も多かったことが昨今の研究で判明しています。

南イタリアアマルフィのおみやげ屋さん(画像元:https://ccphotosearch.com/#amalfi%20limone)
南イタリアアマルフィのおみやげ屋さん(画像元:https://ccphotosearch.com/#amalfi%20limone

シチリアや南イタリアの乾いた風土に点在するレモンは、空の青さと相まって絵画のような美しさ。なんでもないおみやげ屋さんの店先に並ぶ小物に描かれたレモンも、なぜか異国情緒を感じさせる不思議な魅力にあふれています。