国際博物館会議(ICOM)京都大会2019
複雑化・多様化する社会にどうすれば貢献できるのか。
博物館の役割を問い直す

日本で初めて開催された国際博物館会議(ICOM)京都大会

気候変動や貧困、人権の抑圧など世界が直面する課題に対して、博物館が果たすべき役割とは何か。9月1日~7日に国立京都国際会館(京都市左京区)で開かれた「国際博物館会議(ICOM)京都大会」で、博物館定義の改正を巡り熱い議論が交わされました。そのプロセスは、私たちを取り巻く社会問題を共有し、これからの博物館のあり方を方向付けるもの。あらためて振り返ります。

 

日本初の国際博物館会議

ICOMは、138の国と地域の美術館・博物館関係者4万4500人以上で構成される、世界唯一のグローバルな博物館組織です。国別に組織された118の国内委員会や専門分野別に30の国際委員会などがあり、3年ごとに大会が実施されています。日本初となる第25回ICOM京都大会は、「Museums as Cultural Hubs:The Future of Tradition(文化をつなぐミュージアム-伝統を未来へ-)」をテーマに、大会史上最多の4590人(うち日本から1866人)が参加。「持続可能な未来の共創」「被災時の博物館」など今日的な議題で討論が行われました。

 

博物館定義の大幅な見直しは45年ぶり

​  「ICOM博物館定義の再考」と題したプレナリーセッション(9月3日、国立京都国際会館で)  ​

中でも重要な議題となったのが、45年ぶりとなるICOM規約における博物館定義の大幅な見直しです。日本では1951年に博物館法が制定され、博物館の役割についてはICOMの定義に沿う内容になっています。博物館法を持たない国ではICOM規約が参照されており、定義の改正は重要な意味を持ちます。

時代の要請に応じて、博物館の目的や活動は変わり続けてきました。現在のICOM規約における定義は1974年の内容をベースにしたもので、「博物館とは、社会とその発展に貢献するため、有形、無形の人類の遺産とその環境を、教育や研究、楽しみを目的として収集、保存、調査研究、普及、展示する公衆に開かれた非営利の常設機関である」と、定義されています。

これに対して複雑化・多様化する社会問題に博物館が果たす役割を十分に伝えられないという声が強くなり、2016年のイタリア・ミラノ大会で定義の見直しが提起され、2017年に博物館の定義・展望・可能性委員会(MDPP)が発足。京都大会での改正を目指して、新たな博物館の定義案が提出されました。

【新たな博物館の定義案】

「博物館は、過去と未来についての批判的な対話のための、民主化を促し、包摂的で、様々な声に耳を傾ける空間である。博物館は、現在の紛争や課題を認識しそれらに対処しつつ、社会に託された人類が作った物や標本を保管し、未来の世代のために多様な記憶を保護するとともに、すべての人々に遺産に対する平等な権利と平等な利用を保証する。

博物館は、営利を目的としない。博物館は、開かれた公明正大な存在であり、人間の尊厳と社会正義、世界全体の平等と地球全体の幸福に寄与することを目的として、多様な共同体と手を携えて収集、保管、研究、解説、展示の活動ならびに世界についての理解を高めるための活動を行う」(仮訳)

 

新たな役割を巡り、熱い議論が交わされる

博物館のあり方を見直した新定義案は、大会前から「定義ではなく前文、理論ではないか」「言葉の選び方が適切ではない」などの意見が出され、議論が白熱。大会2日目に「ICOM博物館定義の再考」と題したプレナリーセッションも行われました。

初めにICOM会長のスアイ・アクソイさんが、「博物館はよりコミュニティーに近付こうとしています。文化のハブ(結節点)としての役割を増やす中で、新しい方法でコレクションを収集し、歴史を振り返り、新しい意味を見出そうとしています」と話し、「ICOMとして気候変動や不平等などの問題に積極的に関わりたい。定義の見直しはその一貫です」と、コメント。MDPPの委員長を務めた進行役のジェッテ・サンダールさんが、「定義の見直しは、社会における博物館のあり方を再考し、新しい倫理観を考えることです」と話し、6人のスピーカーから定義を変える必要性や将来のビジョンが示されました。

その一人、ケニア国立博物館元館長のジョージ・アブングさんは、「遺産は私たちが思っているほど中立ではない。そこにまつわる権力があります。残念ながら博物館は植民地主義、奴隷制度から利益を受け取ってきました」と、批判。「私たちが文化のハブになりたい、気候変動や環境問題に対応したいというのであれば、もっと良い仕事をしなければならない。アマゾンが燃えていると言うだけでなく、行動を起こさなければなりません」と、主張しました。

「博物館は力強いストーリーテラーです」と指摘したのは、メルボルン旧財務省ビル博物館館長のマーガレット・アンダーソンさん。「誰がその物語を書いたのか。誰が展示品を選んでいるのか。誰の声を伝えているのか」と、疑問を呈し、「私たちは複数の物語を必要としています。多様な人の物語を包摂することによって、豊かなコミュニティーのあり方が解釈できます。社会的な正義のために貢献することが博物館には求められています。博物館が問題の一部にならないようにしたい」と、新しい定義の必要性を語りました。

コスタリカ大学教授のローラン・ボニヤ=メルシャフさんは、定義の改正は「新しい方向性を示す博物館のロードマップ」と位置づけ。博物館は移民や暴力、レイシズム、気候変動といった問題を話し合う場所であり、多様な意見を受け入れ、コミュニティーとともに歩んで行かなければならないという考えを示しました。

 

採決は3年後に持ち越し。改正のプロセスに大きな意味

大会前から大きな注目を集めた博物館定義の改正。大会最終日の臨時総会で新定義案についての採択が行われ、民主的で活発な議論が交わされた結果、協議を尽くすために採決は延期されることになりました。

日本から参加した博物館関係者によるツイッターの投稿を見ると、「今回のICOM京都大会、臨時総会の出席者は得難い共通体験をしたと思う。みんな真剣に博物館のことを思って議論した。仲間意識というのはこういう場面からも生まれるのです」▽「採決の延期を受けて、国内的に日本で博物館の定義をどうしていくかという議論に焦点を当てていく必要がある。今日的な状況の中で『包摂的で多様な声に耳を傾ける民主主義を形成する場』として博物館というコンセプトを活かす覚悟があるのかが問われる」などのコメントが上がっていました。

大会最終日に行われたプレスカンファレンスで会見する組織委員長の佐々木丞平氏(左)と運営委員長の栗原祐司氏

ICOM京都大会組織委員長で京都国立博物館長の佐々木丞平さんは、「定義の改正が延期となったのは新定義案が否定されたのではなく、提案から投票までの時間が短かったためもう少し時間をかけて言葉遣いの問題などを練り上げる必要があるということ。おそらく来年ぐらいに総会で十分に練られた定義が再提出されるだろうと思います」と、コメント。今回、ICOM規約の博物館の定義が改正されれば、日本の博物館法の見直しが行われる可能性もありましたが、当面は現在の定義に沿っていくことに。

新しい博物館定義の採択は先送りされましたが、大会ごとに採択される決議案については、ICOM日本委員会から提出されていた「文化のハブとしての博物館の理念の徹底」「アジア地域のICOMコミュニティーへの融合」など5つの決議案が採択されました。

 

博物館は「文化のハブ」としてどう変化していくか

museum

日本には約5700館の美術館・博物館があり、それぞれが独自の取り組みを行っています。社会の変化に応えて従来の役割を広げ、文化のハブとしてどのように変わっていくのか。また博物館の所管が文部科学省から文化庁に移るのを受けて、あらためて博物館をどう活用し発展させていくのか。今後の展開が期待されます。

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