「目黒区美術館コレクション展 LIFE ― コロナ禍を生きる私たちの命と暮らし」コロナ禍に私たちはアートから何を学びうるか?

「目黒区美術館コレクション展 LIFE ― コロナ禍を生きる私たちの命と暮らし」チラシ

コロナ禍で、映画館や劇場など多くの芸術や文化に関する施設が休業を要されました。美術館も特に大きな打撃を受けた業界の一つと言っても良いでしょう。

営業を再開した現在も、入口に置かれた消毒液に、ソーシャルディスタンスを意識した展示、施設によっては完全予約制にするなどの変化から、私たちは依然コロナの渦中にいると自覚させられます。

目黒区美術館では現在「目黒区美術館コレクション展 LIFE ― コロナ禍を生きる私たちの命と暮らし」が開催されています。

目黒区美術館外観

本館の学芸員、山田真規子氏によると本展は休館中に「今人々が一番関心があることはなにか?」と考え、急遽企画、開催されたものだそうです。

今回の展示は目黒区美術館のコレクションから構成されています。コロナの影響で今後、海外から作品を借りることが難しくなることが予想されるこの状況を、コレクションを見直す機会と捉えたいと語っていました。

本展は、4つのセクションに分かれて、生活をそして命を描写しています。
 

恐怖と不安、そして悲しみ

会場の様子
「恐怖と不安、そして悲しみ」という切り口でセレクトされた作品は、死を想起させる作品が多数ありました。

中でも印象的だったのは、木原康行(1932-2011)の銅版画集《死と転生》です。本作は共に展示されている中村真一郎の詩篇をもとに制作されました。絡まったツタのようなイメージで描画されており、その有機的な不気味さは、本展のテーマがコロナであるというフィルターを通せば、顕微鏡で撮影したウィルスのようにも見えます。死後、私達がどうなってしまうかは、誰にもわかりません。それが全ての終わりに思えてしまうこともいたし方のないことです。しかし、木原の銅版画と、中村の詩は死という終わりの先に新たな解釈を与えます。

この銅版画集は全10篇で構成されていて、5篇の「死」と5篇の「輪廻転生」を描いたものです。死を単なる終わりではなく1つの始まりとして捉えようとしているのかもしれません。

その向かいに展示されているのは深沢幸雄(1924-2017)の連作。こちらは宮沢賢治の《春と修羅》にインスピレーションを受けて制作されたものです。この作品群はさまざまな色を使って描かれていますが、妹の死について詠んだ詩《青森挽歌》の版画だけはモノクロで描画されています。

人はいつか必ず死ぬ。その事実は常に日常のそばに横たわっているはずです。ですが、このご時世、そんな当たり前のことを改めて妙に実感する機会も増えました。

1度意識してしまったものを見て見ぬふりはできません。それを否定するか受け入れるかの選択肢を迫られます。だがらこそ、アプローチは違えど死を見つめ、受容しようとする作品群はある種の癒しに感じられました。
 

愛しき日々

先ほどからは一転して、カフェでの団らん、コンサートなどを描いた絵画が展示されています。ですが、時にショッキングな作品が展示されていた先ほどの「恐怖と不安、そして悲しみ」以上に動揺させられました。
 

岡田謙三《幕合》1938 年 油彩・キャンバス 目黒区美術館

そこにあったのはコロナ禍以前であれば当たり前の風景ばかりです。以前であれば「きれいな絵だなぁ」という感想で完結していた作品もあったのかもしれません。ですが、終わりの見えない現状の中で、戻らない日常を明るく描く一枚一枚が輝いて見え、深い感傷を覚えました。

時代は日々変わっていきます。一度創られたアートが外見上大きく変化することは無いはずです。しかし、コレクションを取り上げる際のテーマ、鑑賞者の社会背景よって特定の作品から見出せる教訓、感情がここまで変化するのかと驚きました。
 

それでも私たちは今を生きる

会場の様子
「それでも私たちは今を生きる」では、室内を描いた作品が展示されています。いわゆる「STAY HOME」をテーマにした構成です。
 

小堀四郎《無題(女二人)》 油彩・キャンバス 目黒区美術館

イタリアなどのヨーロッパでは外出自粛中ベランダに出て、同じアパートの住人と会話することがあるとニュースで報道されているのを目にした方もいるでしょう。小堀四郎(1902-1998)の《無題(女二人)》はその光景を想起させます。

アートは作品を制作した作家だけではなく、鑑賞者自身の心を覗き込むための窓のようなものなのかもしれません。

同じ位置にある同じ窓からでも天気や時間によってはまったく違う風景が見えます。アートの中にある普遍性とはそのようなものではないかと考えました。

絵画と、今置かれている現状に重ね合せる心の動きを見て、人は何かとのつながりを求めずにはいられないのかもしれないと思いました。
 

再び抱き合える日に

会場の様子

未曾有の時代の中でも、人生は続いていきます。最後の展示室に入ると藤田嗣治(1886-1968)の《キス・ミー》が目に飛び込んできます。抱き合う若い男女の人形です。いつか彼らのように再び抱き合える日はくるのでしょうか?

また、その奥に展示されている、よどんだ雲間から差す虹を描いた武内鶴之助(1881-1948)の《虹の風景》は止まない雨はないと語りかけているようでした。

展覧会の最後を飾るのは、祈るように重なった手を描く木下晋(1947-)の鉛筆画《無ーII》。
 

木下 晋《無ーII》1992  年 鉛箪・ケント 紙   目黒区美術館

165.0×99.5cmという鉛筆画としては大型の作品です。しかし、そこに威圧感はありません。祈るように寄り添い合う2つの手は「再び抱き合える日に」たどり着くための過程でも私たちは通じあうことができるのではないか? と勇気づけられました。

現在、目黒区美術館のホームページには木下晋の撮り下ろしインタビュー動画も掲載されています。そちらも合わせて視聴してみると、新たな発見があるかもしれません。

正面から死を思索しようとした「恐怖と不安、そして悲しみ」、戻らない日常を慈しむ「愛しき日々」、過酷な状況の中、穏やかな室内での時間を描いた「それでも私たちは今を生きる」、そして新しい世界の中で、失われた日常を再構築しようとする「再び抱き合える日に」。本展のセレクションからは一貫して希望が伝わってきます。先の見えない時代の中で、未来を信じる力をもらった気がしました。
 

目黒区美術館 マスク・プロジェクト

会場の様子
展覧会の終わりには「マスクに思いをのせて、つながろう」をテーマに大きなボードが設置してあります。マスク型の用紙に本展の感想や、コロナの渦中での想いを綴ることができます。

近づいてみると、紐部分は手を取り合うように連結しています。幅広い年齢層、国籍の来館者がメッセージを寄せているようです。書かれている内容は、コロナによって変化した生活、人間関係などに関するパーソナルな内容が記されていました。

本展は、誰もが無関係ではいられないコロナという題材を取り扱っています。アートをこれまでにないほど身近に感じられると思います。そして、アートの中にある普遍性を体感するという意味でも印象深い美術体験になるはずです。ぜひ会期中、目黒区美術館に足を運んでみてください。
 

■開催概要
目黒区美術館コレクション展 LIFE ― コロナ禍を生きる私たちの命と暮らし
会 期:2020年10月24日〜11月29日(日)
会 場:目黒区美術館
時 間:10:00〜18:00
*入館は17:30まで
休 館:月曜日
*11月23日(月・祝)は開館し、翌11月24日(火)は休館
料 金:一般 700円
*障がいのある方とその付添者1名は無料
*目黒区内在住、在勤、在学の方は、受付での証明書類ご提示で、団体料金での鑑賞可

※その他詳細や最新情報はこちらからご確認いただけます。

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