インタビュー:アートハブ「TRA-TRAVEL」
コロナ禍で振り返る、展覧会「ポストLCC時代の 」にみる国境を越える人や物や情報の移動がもたらす力学
本記事は2020年1月11日から2月16日の期間、大阪を拠点とするアートハブ「TRA-TRAVEL」と京都芸術センターの共同開催で行われた展覧会「ポストLCC時代の 」に関する寄稿として、2月2日に行ったインタビューの内容を紹介するものです。
しかし入稿を前に新型コロナウイルスによる状況が深刻化したこと、また展覧会がまさにグローバリズム化した世界における「移動」を問うものであったことを受け、世界の「移動の力学」が一変した現状をどのように捉えているかを改めて質問させていただきました。
インタビュー記事の前に紹介させていただきます。 (2020年5月25日)
ARTLOGUE(以降A):新型コロナウイルスの影響で社会状況や暮らし方、これまでの価値観が一変してしまいました。この状況を経て、「ポストLCC時代の 」展やその後のプロジェクトに関して意見をお持ちですか。
Yukawa-Nakayasuさん(以降Y):現在のコロナ禍において、身体の移動が制限されています。それによって移動がもたらしていた経済活動や、自然環境に対する影響など、コロナ以前の(LCC時代の)移動の力学がもたらす事象が表に出てきました。2020年5月現在、自粛されていた活動や移動制限は各国で徐々に緩和され、ある程度以上は日常を取り戻しつつあるように思いますが、以前に増してオンライン上の活動や動線がより拡充され、新たな情報移動の力学を生むと考えています。TRA-TRAVELもまた、オンラインに目を向けて、行動計画を立てて行っています。
Qenji Yoshidaさん(以降Q):オンライン上の活動としては、2020年4月にスタートした「オンライン・こどもアートスクール(https://www.facebook.com/online.kodomo.art.school/)」が一例になります。ロックダウンなどの影響で学校へ行けなくなった子どもと、事業の中止や延期になったアーティストの両者を結びつけるプロジェクトを立ち上げました。現在はZOOMを利用し毎回異なるアーティストとさまざまなワークショップを行っています。
参加する子どもたちを第一に考え、アドバイザリーである「深沢アート研究所」の山添 joseph勇さんと共に打ち合わせを重ね慎重に進めていますが、山添さんとは未だ、直接お会いしたことはありません(笑)。このようにプロジェクトの企画段階から、完全にオンラインだけで成り立っているのも数か月前では考えられないことです。
Y:「オンライン・こどもアートスクール」は、新型コロナウイルス影響下の生活や習慣の変化がもたらしたプロジェクトですが、非常事態の代替案という訳ではありません。with/afterコロナの「ニューノーマル(新しい日常)」において、持続可能な方法を模索しながら、プロジェクトを進行させていこうと考えています。
また、これまで来日するアーティストやキュレイターと共にトークなどを行う「 Art Traveler」というイベントを行ってきましたが、一部オンライン上に移行する予定です。現在、TRA-TRAVELはギャラリーを備えた拠点も構えていますが、点と点を結ぶ移動や動線作りを意識していることもあり、オンラインの活動は前向きに可能性を感じています。
Q:2020年1月―2月に行った展覧会「ポストLCC時代の 」を振り返れば、やはり移動をテーマに、2020年初旬までのオーバーツーリズム/移動過多の時代、あるいはその後起こりえる変化を考えるため、様々な移動の力学により生じた作品を展示しました。
展覧会の終了後すぐにコロナウイルスがオーバーツーリズム時代を強制的に終了させ、まさにポストLCC時代ともいえる時代に突入したことには驚かされました。2021年にバンコクで行われる予定の巡回展は、コロナ禍から移動や距離などを問い直すことを踏まえ、「ポストLCC時代の 」というタイトルで設けた空白部分を改めて想像する機会になるでしょう。
2020年5月25日
―――
*下記は2020年2月2日に行ったインタビューです。
2020年1月11日から2月16日の期間、大阪を拠点とするアートハブ「TRA-TRAVEL」と京都芸術センターの共同で、展覧会「ポストLCC時代の 」が開催されました。世界的に格安航空会社LCCが普及して以降、国を越えて都市間の物理的・心理的距離が急激に縮まり、人や物や情報の移動が加速することで、世界各地の生活はそれぞれに変化しました。日本を含む東・東南アジア圏の4ヶ国7名の作家が、同じ時代の、場所により異なる状況を共有しながら、時に共同で制作を行い、展示を行うという同展。その企画・制作を担い、アーティストとして作品も発表した、アートハブ「TRA-TRAVEL」のQenji Yoshidaさん、Yukawa-Nakayasuさんのお二人に「TRA-TRAVEL」の活動や展覧会「ポストLCC時代の 」についてお話を伺いました。
1TRA-TRAVEL
「アジアの大阪」という視座
ARTLOGUE(以降A):
京都芸術センターで行っている展覧会「ポストLCC時代の 」(*1) を拝見しました。まずは、お二人が代表を務めるTRA-TRAVEL / Osaka Art-hubについて、はじめた経緯を含めて教えてください。
Qenji Yoshidaさん(以降Q):
TRA-TRAVELを立ち上げる前から、僕たちはアーティストとして国内外を問わず展覧会やアートインレジデンスに参加し、さまざまな人と交友を広げていました。この関係性を個人的なつながりとして閉じるのではなく、アーティスト個人としての経験を少し棚上げした状態で、いろいろな人に開いて豊かな経験を共有できないのかと考えたのが、TRA-TRAVELを始める最初の契機でした。
Yukawa-Nakayasuさん(以降Y):
そのような動機から活動を開始し1年ほどがたちます。
現在は大阪の北加賀屋でアトリエ兼ギャラリーを構え、アーティストの山本聖子さんと台湾人リサーチャーのRosaline Luさんを加えた4名で活動し、国外のアート関係者や研究者が来日するタイミングに合わせて共同で企画を立ち上げています。
直近のバルセロナ芸術文化センターEsproncedaディレクターのSavina Tarsitano氏の場合では、彼女のアーティストトークに加えて、同センターに滞在制作をしていたペインター渋田薫さんの個展をTRA-TRAVELギャラリーにて開催致しました。
この様に、臨機応変に展覧会やトークやアートツアーなどを行う事で、日本におけるグローバル化の流れで見落とされている可能性を探り、また海外で起きている先駆的な活動を取り上げ相互交流をはかる事から、社会に介入していこうと考えています。
A:複数のアーティストやクリエイターが集まりユニットやコレクティブなどと自分たちのスタンスに合わせて呼び名をつけていると思います。TRA-TRAVELがOsaka Art-hubという名称を使用している事、また大阪をどの様に捉えていますか。
Y:大阪のオルタナティヴな活動やアートシーンは、企画や個々の活動の面においてサイト性を活かした優れたものがあると思います。
それは海外のアート関係者に、ブレーカープロジェクト(*2)やココルーム(*3)等の活動を紹介した時の感触からも伺えます。その反面、大阪のアートシーンは国内外で認知が低く、内輪で局地的な動きをとっている一面もあり、その危機意識のもと関西以外の地域や海外との動線を作り、ハブ的な役割を担えないかと思いOsaka Art-hubと呼称し活動を行っています。
Q:僕たちが意識に置いているのは、「日本の関西の大阪」というドメスティックな文脈ではなく、主にアジアにおけるLCC(格安航空会社)ネットワークの視点から見える大阪、つまり「アジアの大阪」という視座です。
A:アジアのLCCネットワークにおいて大阪はどのように見えていると思いますか?
Y:大阪を訪れた外国人の統計を見ると、2014年から3倍以上になっています。(*4)
来阪外国人の半数以上が、中国や韓国や台湾などの方々なので、アジア全域とは言えませんが、東南アジアにおいては大阪は一つのハブ的役割を担っている都市かもしれません。
また海外のアート関係者から、大阪での企画を持ちかけられる事や、2025年に万博が控えているを考えると、大阪がポテンシャルのある土地として捉えられてるとは思います。TRA-TRAVELは、この状況を横目で見逃すのではなく、主体的に可能性を模索しながら活動していこうと考えています。
2展覧会「ポストLCC時代の 」
国境を越える人や物や情報の移動がもたらす力学
A:京都芸術センターでの展覧会「ポストLCC時代の 」 に話を移ろうと思います。今回の展覧会についてお話しを聞かせていただけますか?
Y:今回の展覧会は「国境を越える人や物や情報の移動がもたらす力学」について考えるもので、アジア4カ国計7名のアーティストを招へいしています。近年、日本では外国人観光客が溢れ、街中で外国語が聞こえてくることも一般的な体験となり、それと共に都市はインバウンド需要や観光化によって変容しています。
標識の多言語表記化や、店の外国語による呼び込みという表層的な変化だけでなく、近い将来、常識や価値観などへも影響や変化をもたらされることは、例えば欧州の観光地や移民受け入れの状況を見ていると想像できます。このような視座のもと、LCC圏内の観光、移民、コミュニケーションなどをテーマとするアーティストと共に展覧会を通して、近未来の社会状況を考える機会にしたいというのが動機でした。
Q:現在、日本政府がアジア諸国に対しビザの取得を簡易化し、また外国人労働者の受け入れを緩和することで、外国人観光客や労働者は増加しています。本展では、この増加傾向が落ち着き常態化する状況について目を向けています。
展覧会名「ポストLCC時代の 」に空白部分を設けているのは、近い将来に僕たちの文化や習慣が、もしかすると根幹部分から変わり、もしくはなし崩し的な変化を求められたりと、起こりえる変化に対する懸念と期待など色々な思いを込めているからです。他に意識した点は、今回の7名の参加アーティストが、お互いの国で滞在や制作した経験をもち、お互いの社会状況について少なからず知っているという点です。
アーティストランの展覧会を作る上での協働性を担保するため、既知のアーティストの中から参加作家を選定しました。つまりお互いの作家性や各国の社会状況を知り、共感を共有できるアーティストを選んでいます。LCCの設定よりも、むしろこの前提の方を先に着目していました。
A:それぞれの作家はどのような作品で参加されたのでしょう?
Q:いくつか紹介すると、Mark salvatus(フィリピン)の『Dancers』は各国で販売される都市名が書かれたお土産Tシャツに着目することで、過度な移動の先にある社会状況を暗示するものです。
Prapat Jiwarangsan(タイ)の映像作品『Destination Nowhere』は不法移民労働者の親の元に生まれたため、国外退去を命じられる日本生まれの青年を通して、移動が国籍やビザなどの制限を伴うこと、また民族や国民という規定の在り方を問いかけています。
Yukawa-Nakayasuの『Dear』は日本の一般家庭に日本語を理解しない鑑賞者を招待し、互いに干渉しない状況を作ることから、他者との関わりを再考するものです。同じ展示室内には、台湾の鉢植え写真を京都の風景に差し込む事で境界を探るMong-jane Wu(台湾)の作品が並置され、干渉しあわない他者との間合いや公私の境界性を展示手段としても採用しています。
僕(Qenji Yoshida)の映像作品『(im)possible dialogue』は、共通言語のない二名が理解せずコミュニケーションを続けるパフォーマンスを映したもので、理解することについて考える作品です。また、僕はWantanee Siripattananuntakul(タイ)とコラボレーションも行いましたが、そこでも俯瞰的に他者とのコミュニケーションの問題を扱っています。
会期中にはYu-Hsin Su(台湾)の映像作品『water sleep Ⅱ Akaike river under Xizang Road』の上映会も行いました。かつて台北に存在し今は姿を消した日本名を持つ川と台北を描いた古地図をモチーフに、脱植民地主義的な眼差しを向けることで、風景を客観的肖像として描くことが試みられています。
Y:各種作品はギャラリースペースだけに留まらず、京都芸術センター内に点在させています。テーマや内容的に相関した各作品を、実際に体を使ってセンター内を移動することから意味的な繋がりを身体的にも経験してもらいたかったためです。
3タイ・フィリピン巡回展
ポストLCCの「アジア感」とは
A:日本以外の国で巡回展を行うという事ですが、企画の全体像や今後の展開を含めて教えてください。
Q:今回の京都で行った展覧会は2021年バンコクのシラパコーン大学のアートセンター(*5)に巡回するのが決まっています。
京都の展覧会は、アジアとの交流を「LCC」を切り口に移動の力学を考えるものでしたが、現在の移動の力学がどのような影響や意味をもたらしているかも、その事象がどのように捉えられているかも国や都市によって異なります。
そのためバンコクで行う巡回展は、タイの状況を現地協力者と共に考察し、ステートメントもローカライズすることで、参加作家や出品作品も異なる新たな展覧会になる予定です。
Y:また協働性の可能性を、新たに展覧会組織の組み立てから追求できたらと思います。TRA-TRAVELが共同主催という形で関わり、シラパコーン大学アートセンターとWantaneeさんのオーガナイズの元で、「ポストLCC時代の 」の空白部分を改めて考えてみても良いかと思います。
A:タイでの展覧会がどのように変化するのか楽しみです。今後展覧会に向けてどのように進めていくとお考えですか。滞在やミーティングの仕方についてなど教えてください。
Y:滞在はしようと考えていますが、いまだ未定ですね。ただ現地での長期滞在、もしくはオンラインを中心にプロジェクトを進めていくのか、距離と移動の問題に目を向けて柔軟に選択していきたいと思います。このポストLCC時代における人や物そして情報などの移動がもたらす力学と近未来の協働性をテーマにしてるので、情報のイノベーションを展覧会の機能として活かせたらと考えています。
―――
A:フィリピンへも巡回されると伺いましたが、その点について聞かせてください。
Q:タイの巡回展が決まった時に、他作家にも参加の打診をしました。
その際に、Markさんがマニラ版の可能性の提案をしてくれました。
まだ何も決まっていないですが、暫定的に展示会場の候補を考えるなど実現可能性を探っているところです。
A:すごく有機的に広がっていくプロジェクトですね
Y:はい。アーティストランプロジェクトにおける作家間の協働性や同等の立場が、有機的にやりたい事に対して手を挙げやすくしているのかもしれません。
展覧会の構成段階から、アーティストランの展覧会をどの様にオーガナイズしたら、予定調和なものに収まらないかと考えていたので、このような自発的に各人からアイデアが立ち上がってくる事は、すごく良い結果だと考えています。
A:LCCの恩恵で海外への移動の距離感がよりカジュアルになったと思います。この状況がもたらしたアジア感についてどう考えますか?
Q:LCCは、都市間の物理的/心理的距離を近くしていると思いますが、距離感の感じ方は国によって異なると、他のアジア作家と話していると感じます。例えば、参加作家のMarkは、フィリピンでは中流階級が増加したことでLCCのサービスを使った団体旅行が増えたと言ってました。「憧れの国へ行く」という彼らの心象風景と、僕たちが日本で捉えるLCCのイメージは結構異なりますよね。
また日本からアジアへネットワークを拡大するというと繊細な言葉選びが必要であるとも感じています。例えば、個人的には大東亜共栄圏のスローガンにもなった岡倉天心の「アジアは一つ」という言葉が頭をよぎります。
その点、移動インフラであるLCCを主軸に考えることは、過去や現在のプロパガンダを意識することなく、自分たちの身の丈でアジアを捉え直すことができるテーマ設定であると考えています。
今はタイでのリサーチやフィードバックが楽しみです。
―――
A:カジュアルな旅行は旅行者のメンタル面でも軽く、苦労をかけて海外に渡ってた時代の過剰に何かを得ようとする重い文化交流、またそれがもたらす悪い摩擦というものに繋がらないのではと思います。
他の展示作家は、来日による移動に対してどのようなフィードバックを持たれたか、また感想などあったらもう少し教えてください。
Q:Wantaneeさんの場合は、ビザの取得の際にタイ人女性が一人で日本へ行くので、不法労働するんではないかという疑いを受けたと言ってました。彼女は大学の先生で社会的にも認められた立場ですが、それでも日本行きのビザを取得するのに苦労していたのが意外なことで、国やジェンダー差など色んな側面から今回のテーマである移動を考える機会になりました。
―――
A:アーティストトークでのビザの話は印象的でしたね。自分が異なる環境にいるということを改めて知り面白かったです。最後にTRA-TRAVEL全体として今後他にどのような活動するか教えてください。
Y:2020年TRA-TRAVELのメンバーが台湾や、インドネシア、フィリピンなどへ行く機会を活かして、海外から日本への動線を作る活動をしようと考えてます。
あとは芸術文化向けの翻訳事業を立ち上げることや、芸術鑑賞を拡張するアプリの開発なども進めています。また国内での活動としては、2025年の大阪万博に関する企画を立てたいと考えています。
――
(*1)「ポストLCC時代の 」:2020年1月11日から2月16日まで京都芸術センターで開催された展覧会 https://www.kac.or.jp/events/27485/
(*2)ブレーカープロジェクト:2003年大阪市の文化事業としてスタート。現代の芸術と社会を繋ぎ、表現者と鑑賞者双方にとって有効な創造の現場の創出を目的に、浪速・西成区を中心にまち中で地域と様々な関わりをつくりながらアートプロジェクト
(*3)ココルーム:2003年「表現と自律と仕事と社会」をテーマに社会と表現の関わりをさぐる活動を開始。2008年からは西成区(通称・釜ヶ崎)で喫茶店のふりをしながら活動。「ヨコハマトリエンナーレ2014」に釜ヶ崎芸術大学として参加
(*4)大阪は、出張や観光などで訪れた1泊以上滞在した渡航者を集計したMastercardの「世界渡航先の伸び率ランキング 」で、2016年/2017年と2年連続首位。
2014年時点で376万人、2018年で1142万人と5年で3倍以上の増加率。
(*5)ART CENTRE SILPAKORN UNIVERSITY http://www.art-centre.su.ac.th
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