ジャック・ケルアック「On the Road」とビート・ジェネレーション
書物からみるカウンターカルチャーの系譜

タイプするジャック・ケルアック Photograph by Fred DeWitt , Courtesy of the Orange County Regional History Center

 1957年にアメリカで出版され、今もなお「青春のバイブル」として世界中で愛読されている、ジャック・ケルアックの「On the Road(オン・ザ・ロード)」。ケルアックを中心とする「ビート・ジェネレーション」の作家たちは、50年代の物欲主義や抑圧された社会に文学の力で変化を起こし、戦後のカウンターカルチャーの導火線となりました。その魅力に迫る展覧会が、神戸市灘区のBBプラザ美術館で開催されています。8月8日(日)まで。

約380点の書籍と関連資料でビート・ジェネレーションのムーブメントを紹介

 

 「ジャック・ケルアック『On the Road』とビート・ジェネレーション 書物からみるカウンターカルチャーの系譜」は、神戸市外国語大学とBBプラザ美術館がコラボした「文学×アート」、「大学×美術館」の珍しい企画。「On the Road」を入り口に、文学の枠を超えて、映画や音楽、アートなど様々な文化に影響を与え、社会に変革をもたらしたビート・ジェネレーションのムーブメントを約380点の書籍と資料でたどっています。

 マサチューセッツ州ローウェルに生まれたジャック・ケルアック(1922-1969)は、作家を目指してN.Y.のコロンビア大学に進み、アレン・ギンズバーグやウィリアム・バロウズらと出会います。友人であり良きライバルでもあった彼らは、戦後の抑圧された画一的な社会から離脱し、自由と人間性の回復を求めて新しい表現を探求しました。自分たちの世代を「ビート・ジェネレーション」と名付けたケルアックは、後にその意味を問われ、「落ちぶれていても祝福された世代」、「ビートとは共鳴すること」と答えています。

1957年にヴァイキング・プレスから出版された「On the Road」US初版本

 「On the Road」は、ケルアックが20代のときにニール・キャサディと一緒にヒッチハイクでアメリカ大陸を放浪した日々をスピード感あふれる文体でつづった自伝的小説。ビート・ジェネレーションの仲間たちがモデルとなっており、広大なアメリカを駆け巡り、瞬間の生を燃え上がらせる自由奔放な生き方は、多くの若者たちから熱狂的に支持されました。「『On the Road』は1兆本のリーバイス・ジーンズと100万個のエスプレッソ・コーヒー・マシーンを売り尽くし、無数の若者を路上に送り出した」と、ウィリアム・バロウズが語っているように、彼らのライフスタイルは一つの社会現象となり、60年代のヒッピー・ムーブメントにもつながっていきました。
 

 

「On the Road」のスクロール版原稿(複製、冒頭の部分)

 ケルアックが1951年4月にわずか21日間で書き上げたといわれる「On the Road」のスクロール版原稿(約36m)を印刷再現し、日本初公開。ケルアックは、ジャズの即興演奏のように「頭に浮かんだことをそのまま書く」ことを理想とし、タイプライターの用紙を交換するときに思考が停止するのを嫌って、長尺の紙に浮かび上がる生の言葉を猛烈な勢いで打ち続けたそう。改行もせず、びっしり埋め尽くされた文字から執筆当時の熱気が伝わってきます。ところどころ手書きの書き込みもあり、想像がふくらみます。

LCスミス&コロナ8-10タイプライター(1929頃)


 会場では、「On the Road 」の解説やケルアックの全著作の初版本をはじめ、ギンズバーグやバロウズらビート・ジェネレーションの作家たちの旧蔵本を展示。多くのビート本を紹介し今年2月に亡くなった詩人のローレンス・ファーリンゲティの「シティライツ書店」、リトルマガジンの関連資料も展示しています。さらに相国寺などで禅の修行を積んだ詩人のゲーリー・スナイダーと関わりの深い日本のカウンターカルチャー黎明期のミニコミ誌を紹介。アメリカから日本に及んだヒッピー・ムーブメントの流れも伝えています。

アレン・ギンズバーグの朗読をおさめたLPなどエヴァー・グリーン・レビュー日本の「カウンターカルチャー」の中心的存在であった「部族」が刊行した「部族新聞」やミニコミ誌など

 

​  ジェスやウォレス・バーマンらがデザインを手がけたポスターや本の数々  ​

 アートの視点から、ビート文学とアートの結びつきにも注目したい。ジェス・コリンズやブルース・コナー、ウォレス・バーマンら西海岸を拠点とするアーティストたちは、ビート作家たちの意識に共鳴してそれらを視覚化し、前衛的なムーブメントを生み出していました。

ケルアック研究者のマシュー・セアドー教授によるギャラリー・トークも

 展覧会の監修者である神戸市外国語大学のマシュー・セアドー教授は、「ビートの考え方の根本にあるのは、自分を解放して、互いをシェアし、共感するということ。ビートのムーブメントは、LGBTQや環境問題、平和運動など現代の社会運動につながっています」。展示資料の多くを提供し監修した、古書店「Flying Books」の山路和広さんは、「戦後高度成長の時代に物質主義とは違うところで内なる充足を求めて表現したビート・ジェネレーションの生き方には、僕自身が影響を受けました。安定した職業につくことだけが幸せなのか。今の若い人たちにも刺激になるのではないか」と話します。
 1950年代のアメリカは、空前の経済的繁栄の一方で、東西冷戦が激化しマッカーシズム(赤狩り)が吹き荒れていた時代。ビート・ジェネレーションがもたらしたものは何だったのか、じっくりと読み解いてみませんか。

 展覧会の会期中、関連イベントとして、セアドー教授によるギャラリートークシリーズも開催されています。直接ケルアックやビートについて話を聞くチャンス。オンラインでの視聴もできるので、詳しくはBBプラザ美術館のウェブサイトを参照してください。



​​​​​​開催概要
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■ジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』とビート・ジェネレーション
   書物からみるカウンターカルチャーの系譜
会 期:2021年7月3日(土)~8月8日(日)
会 場:BB プラザ美術館
時 間:10:00~18:00
*7月3日(土)は13:00より開館
*入館は17:30まで
休 館:月曜日
料 金:一般 500(400)円/大学生以下無料
* 65 歳以上の方、障がいのある方とその付添いの方 1 名は半額
*()内は 20 名以上の団体料金
* 7 月 7 日(水)、8 月 6 日(金)は入館無料


◯関連イベント
・ギャラリートークシリーズ「『オン・ザ・ロード』を知ろう!」
第 1 回 7 月 3 日(土) ケルアックとタイプライター(終了)
第 2 回 7 月 10 日(土)『オン・ザ・ロード』と映画 (終了)
第 3 回 7 月 24 日(土)タイプライターの歴史 (終了)
第 4 回 7 月 31 日(土)女性とタイプライター
第 5 回 8 月 7 日(土)『オン・ザ・ロード』の中の女性たち

講 師:マシュー・セアドー
時 間:14:00-15:00(全回)
会 場:BBプラザ美術館展示室
料 金:無料
*要観覧券
*先着 15 名
*通訳付
*YouTube 同時配信・アーカイブ配信あり(無料※詳しくは当館HPをご覧ください)

・ギャラリートーク「書物でたどる旅、ケルアックと仲間たち」(終了)
日 時:7 月 3 日(土)15:30~16:30
講 師:山路和広
*YouTube アーカイブ配信あり(無料※詳しくは当館HPをご覧ください)

 

・シンポジウム「ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』への旅」(終了)
日 時:7 月 17 日(土)13:00~15:00
出 演:青山南(作家、翻訳家)、柴田元幸(神戸市外国語大学客員教授、東京大学名誉教授、『MONKEY』編集者、翻訳家)、ヒラリー・ハラデイ(ビート作家研究者、前マサチューセッツ大学アメリカン・スタディーズ・ケルアック・センター所長*ビデオ参加)、マシュー・セアドー
会 場:神戸市外国語大学またはオンライン開催
*YouTube アーカイブ配信あり(無料※詳しくは当館HPをご覧ください)

 

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