巨匠タル・ベーラ監督が来日!7時間越えの幻の長編映画『サタンタンゴ』を自身の言葉で語る

巨匠タル・ベーラ監督が来日!7時間越えの幻の長編映画『サタンタンゴ』を自身の言葉で語る

タル・ベーラ監督の名前をご存知でしょうか?『エレファント』のガス・ヴァン・サント監督、『パターソン』のジム・ジャームッシュ監督らに多大な影響を及ぼし、世界中から熱烈な賛辞を受けながらも、『ニーチェの馬』でまだ56歳にも関わらず、実質の引退宣言をした映画監督です。タル・ベーラ監督作品の中でも今回公開される運びとなった『サタンタンゴ』は、7時間18分の長さ故に日本では上映不可能と言われており「幻の映画」といわれていました。この度『サタンタンゴ』が公開されることなり、タル・ベーラ監督が急遽来日。公開初日には記者会見が開催され、『サタンタンゴ』の制作秘話や自身の映画観、人生観を監督が自ら語ってくれました。

 

25年を経ても愛され続ける映画『サタンタンゴ』その理由は本質を描いているから

タル・ベーラ監督


―――プレミア上映公開から25年が経過し、『サタンタンゴ』は世界中で上映され、監督はその場面に立ち会ったと思います。観た人の反応は国や時代によって変化はありますか?

タル・ベーラ監督(以下、監督):不思議なことに、どんな文化や歴史、背景、宗教を持っている人も同じように『サタンタンゴ』を受け止め、理解して下さっています。この作品の中に根本的なものを感じるからなのかも知れません。この映画を制作しているときのゴールというのは、本質的な問いかけを掘り下げていくことでした。人間の存在、人間と関係、それらと、時間と空間を組み合わせることによって、問いかけを掘り下げていこうと考えたのです。その事を、映画をご覧になられた方が皆さん同じように受け止めて下さり、とても嬉しく思います。

 

『サタンタンゴ』ポスター

僕はアートを信じていないし、アーティストという言葉も好きではありません。私達は皆、Worker、労働者です。私達は見ているものを分かち合うべきだと考えています。もちろん、自分が見ているものはあくまで主観であり、人によってものの見方は異なります。

映画を製作するにあたって重きを置かなければならないのは、いかに人間という存在が、世界という存在が複雑であるか。その全体像を映像で見せる為には色々な努力が必要です。この作品が時に耐えられるのかというのも一つの物差しであると考えています。公開から25年経ったこのモノクロ映画が上映され続けているということは、ある程度は耐えられたと言えるのかも知れません。

 

俳優陣を愛し信じる タル・ベーラ監督の映画へのアプローチ

―――酒場で人々がタンゴを踊る場面が印象的ですが、どのような演出をしたのでしょうか?

『サタンタンゴ』

監督:あのシーンは実際に俳優達にお酒を飲んでもらいました。完全に酔っ払った状態で、自由に演じてもらったのです。その中で何が起きるか?というアプローチをしました。ワンテイクで撮れたのでそのことにも驚きましたね。制作側がすることは、状況やフレームを構築することで、素晴らしいキャストに恵まれていれば我々の作業は終わったものと同然で、何かをそこで新たにクリエーションする必要はないのです。逆に自分がこうやってくれ、と押しつけてしまうと、彼らの個性を限定してしまいますし、それは私のビジョンとは相容れません。私が一つ一つ細かい演出をつけるよりも、自由に演じて頂いて100%良かったと確信しています。自由であることは力でもあります。人は自由であれば花咲くことができると思っています。自由であるからこそ、そこに在ることができるのです。

『サタンタンゴ』

―――今回、デジタル・リマスターということで、何かデジタルに感銘を受けた点、気づいた点があれば教えて頂けますか。

監督:35ミリで撮ったこの作品を誰にもデジタル化を許可しませんでした。しかし25年間という月日が過ぎて、やってみようかという気持ちになり着手しました。結構、作業量があったのですが・・・・・・。というのも自分自身で自ら一コマ一コマ、チェックを行ったのです。その結果、フィルムの『サタンタンゴ』に近いものができたと自負しています。が、どうしても同じものにならない。デジタルだとできないことというのがあるから。でもベストに近いのではないかと感じています。私自身は「フィルムメーカー」だと思っていたので、35ミリ、セルロイドがやはり好きです。

『サタンタンゴ』

 

複雑なものを時間と空間を考慮し描いた結果、7時間18分になった

―――監督は、映画というものは在るものを肯定するメディアだと仰っていますね。その意味で全編にわたって雨の中を、ぬかるみを歩き続ける人々をどんな思いで描かれたのでしょうか?

『サタンタンゴ』
監督:人というのはどこかに行かなければならないのです。どこかに行かなければならないのなら、雨が降っていようが、風が吹こうが、泥道であろうが、気温が零度であろうが、歩かねばならないのです。それは人生でも同じだと思うのです。この作品にとって風景というものは大事なものです。また人生においても重要で、我々の人生の一部だと思います。風景というものには顔がある。風景というものにも存在感がある。例えば雨、泥、道、風・・・・・・。自然というものは『サタンタンゴ』のような複雑なものを描こうとしたときには無視してはいけないのです。時間や空間というものを無視してはいけない。最近、作られる映画は、アクションとカットの繰り返しで物語の構造が一直線で語られていることが多いように見受けられます。収益のため、市場のために作った作品でないのなら、人生というものは何かというものを見せたいのです。そのためには自然や空間や時間というものをしっかりと捉えなければならない。その結果、7時間以上の作品になったわけです。そもそも、映画は1時間半くらいの尺だと誰が言ったのでしょう?

 

長編映画監督の復帰はない 今後は若手育成を中心に活動を 

―――今、お話を伺っていても映画に対する愛情を深く感じます。何故、監督業を『ニーチェの馬』で辞めようと思ったのでしょう。今も意志は変わらないのでしょうか。

監督:理解して頂きたいのは、私は長編映画を40年近く手がけてきたこと。かなり長い時間ですよね。一本目の長編映画というのは22歳のときに監督をしました。そして、一作ごとに新しい問いが生まれ、一作ごとに掘り下げていきました。作るたびに自分の映画的言語というのを見つけられた気がしました。『倫敦からきた男』を制作したころ、どこかであと一本、それが『ニーチェの馬』となった訳ですが、自分が監督したら引退すべきだと考えました。自分はもう準備ができていたのです。何故かといえば、伝えたいことは全て言い尽くしていたから。自分の映画的言語というのをまた次の作品で模倣して繰り返し作る・・・・・・。名前は明かしませんがそういう方もいらっしゃるわけです。でも、同じ事を繰り返しているわけですから面白くなくなってしまう。自分にはそういう映画作りをする理由は見当たらなかったのです。

『サタンタンゴ』
映画監督という仕事はブルジョアな仕事だと思われるでしょう。レッドカーペットがあって、素敵なホテルに泊まれて、成功というものを手に入れられるかもしれない。でも、それは何のためにあるのでしょう。そうではなくて、自分の作ったものを分かち合いたいのです。そしてそれを全て言ったと感じた時点でもうそれは過去のもの。もう終わった。私は扉を閉めたのです。後はそれを皆さんがどう思うのかはお任せしたいと考えたわけです。

タル・ベーラ監督

それに私には他にやりたいこともあります。クリエイティビティを諦めたわけでは決してありません。映画学校を設立し、若い世代の映画作家を育てています。生徒を毒しようと思ったわけです、もちろんこれは冗談だけれども(笑)。それ以外にもアムステルダムで大規模なエキシビションを行ったり、今年はウィーンでパフォーマンスを行ったりもしました。ただ、繰り返しになりますが、自分のクリエイティビティにおいて物語性のある長編映画を作ることはもう終わったのです。

 

終わりに

タル・ベーラ監督の映画作品は、人々が歩き続けるシーンが多いのが特徴ですが、これは、監督自身のどんな困難があっても歩き続けなければならないという信念に基づいています。7時間18分という稀に見る長さも、一つ一つの構図が美しく、絵画的な要素を含んでいるので飽きることはありません。映画ファンなら一度は体験してみたい究極の映画『サタンタンゴ』は、9月13日(金)よりシアター・イメージフォーラム、ヒューマントラストシネマ有楽町にて伝説のロードショー!

【映画情報】
サタンタンゴ
4Kデジタル・レストア版
監督・脚本:タル・ベーラBéla Tarr
原作・脚本:クラスナホルカイ・ラースローLászló Krasznahorkai
撮影監督:メドヴィジ・ガーボルGábor Medvigy
音楽:ヴィーグ・ミハーイMihály Víg
編集・共同監督:フラニツキー・アーグネシュÁgnes Hranitzky

出演:
イリミアーシュ:ヴィーグ・ミハーイMihály Víg
ペトリナ:ホルヴァート・プチPutyi Horváth
クラーネル:デルジ・ヤーノシュJános Derzsi
フタキ:セーケイ・B・ミクローシュMiklós Székely B.
エシュティケ:ボーク・エリカErika Bók
医師:ペーター・ベルリングPeter Berling

1994年/ハンガリー=ドイツ=スイス/モノクロ/1:1.66/7時間18分
日本語字幕:深谷志寿
配給:ビターズ・エンド

公式サイト
http://www.bitters.co.jp/satantango/
 

このページに関するタグ
関連する記事

あなたのデスクトップにアートのインスピレーションを

ARTS WALLは、常にアートからの知的な刺激を受けたい方や、最新のアートに接したい方に、ARTLOGUEのコラムや、美術館やギャラリーで今まさに開催中の展覧会から厳選したアート作品を毎日、壁紙として届けます。 壁紙は、アプリ経由で自動で更新。