インタビュー:アウトサイダー・キュレーター 櫛野展正のインサイド (前編)

鈴木大輔

鈴木大輔

インタビュー:アウトサイダー・キュレーター 櫛野展正のインサイド (前編)

宮崎駿監督の『崖の上のポニョ』のモデルとしても有名な、古きよき町並みが残る港町、広島県福山市鞆の浦。そこに築150年の蔵を改築して作られたアール・ブリュット美術館 「鞆の津ミュージアム」があります。
ここでは、一般的な美術館とは違い、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートなどと呼ばれる、障がい者や、いわゆる正規の美術教育を受けていない“外側”のアーティスト達が創り出す作品の展覧会を開催してきました。

アール・ブリュット美術館 「鞆の津ミュージアム」
アール・ブリュット美術館 「鞆の津ミュージアム」

僕が鞆の津ミュージアムを知ったのは、2013年4月20日から7月21日にかけて開催された死刑囚が描いた絵画を集めた「極限芸術~死刑囚の表現~」展のときです。
展覧会のチラシがあまりにも強烈なビジュアルで、しかも、聞いたこともない地方の美術館なのに、関連企画のゲストが都築響一、北川フラム、田口ランディ、茂木健一郎と、超大物揃いだということで、興味を惹かれたことを覚えています。

「極限芸術~死刑囚の表現~」展 チラシ
「極限芸術~死刑囚の表現~」展 チラシ
和歌山毒物カレー事件の林真須美死刑囚の作品
和歌山毒物カレー事件の林真須美死刑囚の作品

アートにおける社会包摂もARTLOGUEの理念の一つだし、これまでにも、デザイナーとして障がい者アートと関わって来たこともあるので、ある程度その界隈のことを知っているつもりだったけれど、それらとは全く違う空気感をこの鞆の津ミュージアムは放っていました。

そして、この鞆の津ミュージアムを極めて特異な美術館に仕立てていたのが、福山市内にあるギャラリー「クシノテラス」のオーナーにして、日本唯一のアウトサイダー・キュレーター 櫛野展正さんです。

櫛野さんに、8月29日まで開催していたクシノテラス開館展「極限芸術2〜死刑囚は描く〜」の終了間際に訪問して話を聞いてきました。
鞆の津ミュージアムには2回ほどCURATORS TVの取材で行ったけど、櫛野さんが3月に辞めてからは初めての福山入りです。

 

 

櫛野さんがアートに携わるきっかけ

 

鈴木:櫛野さんはずっと福山なのですか?

櫛野:生まれも育ちも福山市です。大学は岡山大学教育学部養護学校教員養成課程(現在の特別支援学校教員養成課程)で、電車で片道1時間、福山から4年間通いましたね。大学での教育実習の時に、「どうせなら最重度の障がい者の世界に飛び込もう」と決意し、当時の職場である福祉施設に就職しました。

鈴木:当時からアートに関わっていたのですか?

櫛野:アートは全くの素人です。僕が勤めていた職場は、知的障害のある人たちが暮らす入所施設でした。入所者たちは、みなさん成人なので日中は施設の中で活動しているんです。就職してすぐに配属になったのは、木工グループで、彼らはサンドペーパーで植木鉢の下に敷く木の板を磨く作業をしていました。ところが、みんな楽しそうじゃなかった。だから、いきなり上司に「もうやめませんか」と提案して機械を全部捨てました。

鈴木:いきなり機械を捨てたんですか?

はい、捨てました。上司に「明日からどうすんだ」と言われたので、僕、漫画家になろうと思って昔、絵を描いたりしてたから、軽い気持ちで「絵でも描きますか」と始めたのがきっかけです。 2000年に就職して、すぐにアート活動を始めたので、いまから16年前のことです。当時は、身の回りのお世話など生活支援が重視される時代だったので、職員の反発も強くて、孤軍奮闘でしたね。

施設職員時代
施設職員時代

鈴木:なぜそこまでしてアートを?

櫛野:施設で暮らしてる人たちは、食事の時間にはご飯食べさせてもらったり、入浴時には体を洗ってもらったりしてたんですが、「自分は、ここにいていいんだ」と自らの存在を自己主張できる機会や場づくりが必要じゃないかと感じました。「その手段こそ、アートか音楽だろう」と思って、アートを始めました。

私設入所アーティストの制作風景
施設入所アーティストの制作風景

鈴木:まわりの評価が変わって来たのは?

櫛野:職員からは「あいつだけ表舞台に立って楽しそうなことして」みたいなやっかみもありました。ただ、障がい者の作品が公募展や、市の美術展に入選してくると、まず預けている保護者の意識が変わってきました。最後に職員の意識も変わってきましたよ。作家本人は何も変わらないんですけどね。
施設で暮らす人は、単純に知的な障害だけじゃなくて、目が見えなくて車いすの人や精神障害のある人達など、重度の人ばかり。画用紙を渡しても破っちゃう人や、画材を口にしちゃう人もいました。
最初にアート活動を始めたとき、就職して1~2年間はほとんど休みもなく、全国のアート系の福祉施設を訪ねて歩いて、ノウハウを学んでいった感じですね。3年目くらいからやっと施設の中で、アートで輝くような人達が出てきました。

西山友浩
西山友浩
ヌード
ヌード

鈴木:アート以外の仕事もしているんですよね?

櫛野:夜勤をしながら生活支援業務と並行してやっていました。アート専属スタッフになったのは、鞆の津ミュージアムをオープンする半年前からです。

鈴木:鞆の津ミュージアムを作る話はいつくらいに?

櫛野:僕がサポートしてた人の中で、パリのアル・サン・ピエール美術館で開かれた「アール・ブリュット・ジャポネ展」(20103月~20109月)に2人の出展が決まったんですよ。
日本の有名な作品が海外の展覧会にどんどん出るようになって、今度は国内でもそういう作品を見る機会をつくろうということで、2009年の秋に「アール・ブリュット美術館をつくらないか」と声がかかりました。日本財団が全国にアール・ブリュット美術館を10館作ろうしている構想のひとつです。
それまでに、滋賀県にあるボーダレス・アートミュージアム NO-MAでのキュレーター公募展でグランプリを取って、展覧会を企画したことがあったし、横浜トリエンナーレ2005の関連企画で、ヨコハマポートサイド ギャラリーで展覧会をキュレーションしたこともあったので、僕が自然と鞆の津ミュージアムのキュレーターになりました。

ウチナル音 ~身体音からの造形~
ウチナル音 ~身体音からの造形~
ウチナル音 ~身体音からの造形~
ウチナル音 ~身体音からの造形~

 

鞆の津ミュージアム時代

 

鈴木:最初の展覧会は?

櫛野:2011年12月に高知の藁工ミュージアムがオープンしたとき、「アール・ブリュット・ジャポネ展」の巡回展をやったので、「鞆の津ミュージアムでも」という話がありましたが、断りました。それではただのフランチャイズの美術館になってしまう。せっかく鞆の浦という場所でするんだし。それで、思いっきり断って、自分が今まで温めていた「リサイクルリサイタル―幸せ時間の共有」という、いわゆるゴミをテーマにした展覧会を企画しました。

「リサイクルリサイタル―幸せ時間の共有」チラシ
「リサイクルリサイタル―幸せ時間の共有」チラシ
「リサイクルリサイタル―幸せ時間の共有」 展示風景
「リサイクルリサイタル―幸せ時間の共有」 展示風景

それは僕が入所施設に長くいて、それこそゴミとして扱われているようなものが美術作品になったりする様を見てきたんで、どうせやるなら、美しいものでなくて汚いものを見せるような企画にしたかったんです。
編集者で写真家の都築響一さんとセレクトした中高年の手工芸品「おかんアート」や、淀川テクニックがゴミで作った花輪、そして障害者の滞在制作に、横浜の帽子おじさんこと、宮間英次郎さんのパフォーマンスなど盛りだくさんで、混沌とした会場になりました。

「リサイクルリサイタル―幸せ時間の共有」展示風景
「リサイクルリサイタル―幸せ時間の共有」展示風景

ただ、当時は恥ずかしながら美術の知識が全くなかったので、都築さんのTOKYO STYLEとか、珍日本紀行とかのことも全然知らないままアポ取って、ちらっと予習をしたぐらいでご自宅まで行ったんです。
だから実は、最初は都築響一さんに鞆を歩いて写真を撮ってもらおうと浅はかに思っていました。でも自宅へ行ったら、机の上に「おかんアート」が置いてあって、「これ、何なんですか」と尋ねたら、都築さんが「今集めてんだよ」と説明してくれて。「これは面白いな」と思って、鞆でも探したら、80代以上の「おかんアート」の作り手が5人もいました。それで、せっかく都築さんが来るんだから、珍日本的な場所を自分達でも探そうと思って、福山で必死に探したら「占い天界」と「貝と珊瑚の館」が見つかったんです。
「占い天界」のインターホンを勇気を出して押したのが、今に至る僕の活動の始まりですね。

 

「占い天界」
「占い天界」

鈴木:こんなカオスな展覧会に反発はなかったですか?

 櫛野:反発は、まあ多少は。でも、「個性的ですごく良い」っていう感想は結構多かったです。ただ、キャプションが一切なかったり、淀川テクニックの間に障がい者の作品が入っていたり、多様性を意識した展覧会になりましたね。

 鈴木:これまでの大物たちとのコラボレーションはどうやって実現させて来たのですか?

 櫛野:都築さんから特殊漫画家の根本敬さんを紹介してもらって、根本さんに紹介していただいたのが蛭子能収さんやみうらじゅんさん。山下陽光くんからはCimPomという具合に、どんどん数珠つなぎにネットワークが出来ていきました。

 鈴木:あれほどの大物だとギャラもかかりそうですが。

 櫛野:「お金ないけど来てくれますか?」とお願いしているので、それほど高額ではないんですよ。みなさん、活動を応援してくれていました。それにしても、詩人の谷川俊太郎さんから杉作 J太郎さんまで、よく考えたら振り幅すごいですね。

 

鞆の津ミュージアムと関わってきた著名人

 鈴木:1回目の展覧会の評判はどうでしたか?

櫛野:評判はよかったんですけど、美術雑誌に取り上げられることもなく、やっぱりブレイクしたのは1周年記念の「極限芸術〜死刑囚は描く〜」展でしたね。
次の「LOVE LOVE SHOW」は恋愛をテーマにした展覧会で、イベントを重視した企画です。市街地活性化に取り組む地元企業と連携して100100の街コンを、協賛金を取ってやりましたね。実際に6組のカップルが生まれました。

「LOVE LOVE SHOW」 チラシ
「LOVE LOVE SHOW」 チラシ
「LOVE LOVE SHOW」 展示風景 杉作 J太郎
「LOVE LOVE SHOW」 展示風景 杉作 J太郎

鈴木:そういう発想がどこから出てきて、どのようにアプローチしていったんですか。

櫛野:「誰かを取り上げたい」って思いから企画は生まれることが多いんですよ。鞆の津の展覧会って死刑囚の展覧会以外は全部、障がい者が1人は入ってるんです。結局僕は福祉の人間なんで、「その人を輝かせたい」とか、「取り上げたい」って思いから企画ができることが多いんです。
LOVE LOVE SHOW」では、武田憲昌さんという好きな職員が捨てたタバコの吸殻やゴミを拾い集める人が出展者のひとりなんです。やってる行為は、いわゆる「問題行動」と呼ばれるもので、施設の中では「困った人」としか思われていないんだけど、何かこの人が主役になるような企画をやりたいなと僕はずっと思ってて。それこそ価値観を180度ひっくり返すようなところがアートにはあるじゃないですか。もっといい彼のイメージをつくれないか、この彼の職員へのこだわりって何なんだろうって考えたら、「ひとつの愛の形じゃないかな」と思って「LOVE LOVE SHOW」を企画したんですよ。
また、近くにアトリエを構えるアーティストの小林正人さんなども加えて、6人の表現者の展覧会となりました。
あと、美術館で完結するだけの展覧会では、面白くないでしょ。だから、杉作J太郎さんにアイドルのポスターだらけの部屋を再現して、そこで住んでもらったり、街コンを実施したりしました。

 

「LOVE LOVE SHOW」 街コン
「LOVE LOVE SHOW」 街コン

 

鈴木:鞆の津ミュージアムでやった中で一番気に入ってる展覧会は? 

櫛野:やっぱり「リサイクルリサイタル」や「ヤンキー人類学」。あとは「ようこそ鞆へ!遊ぼうよパラダイス」という鞆をテーマにした企画展ですね。根本敬さんにも出展していただきました。そのときは「愛を語るより、将棋を指そう!」という展示室内で地域の将棋組合の人がガチで対局をするというイベントを開催しました。展示室を歩いてると、普通にオッサン達がその辺で将棋を指してるんですよ。展示空間の普段の見え方を変えようという意図でやったら、将棋組合の人には、「新しい将棋を打つ場所が増えた」と大好評で、Twitterでは、「メタ認知のイベント」となぜか絶賛されました。ちなみに優勝した人はお米を担いで帰っていきました。

「ヤンキー人類学」展 チラシ
「ヤンキー人類学」展 チラシ
「ヤンキー人類学」展 展示風景
「ヤンキー人類学」展 展示風景
「ようこそ鞆へ!遊ぼうよパラダイス」 チラシ
「ようこそ鞆へ!遊ぼうよパラダイス」 チラシ
「ようこそ鞆へ!遊ぼうよパラダイス」 展示風景
「ようこそ鞆へ!遊ぼうよパラダイス」 展示風景

 

「ようこそ鞆へ!遊ぼうよパラダイス」関連企画「愛を語るより、将棋を指そう!」
「ようこそ鞆へ!遊ぼうよパラダイス」関連企画「愛を語るより、将棋を指そう

 

鈴木:よくこんな企画、社内で通りますね。決裁権はどこにあったんですか?

 櫛野:それは上司です。さすがに勝手に全部進められるわけじゃないんで。だから、「この企画通らなかったら、僕辞めますよ」ぐらいの鬼気迫るプレゼンを毎回してたんで「ヤンキー人類学」も「死刑囚」もできたってことですね。

 

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櫛野展正

(くしの・のぶまさ) 日本唯一のアウトサイダー・キュレーター。2000年より知的障害者福祉施設職員として働きながら、広島県福山市鞆の浦にある「鞆の津ミュージアム」 でキュレーターを担当。2016年4月よりアウトサイダーアート専門ギャラリー「クシノテラス」オープンのため独立。社会の周縁で表現を行う人たちに焦点を当て、全国各地の取材を続けている。

クシノテラス

遅咲きレボリューション! 展
会 期:2016年10月15日(土)~1月29日(日) 13:00 ~ 18:00
開 館:土曜・日曜・祝日
観 覧:一般 500 円(小学生以下・障がいのある方は無料)
オフィシャルサイト:http://kushiterra.com/

 

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鈴木大輔

ARTLOGUE(一般社団法人 WORLD ART DIALOGUE)のCEO/編集長。大阪市立大学都市研究プラザのグローバルCOEに於ける研究プロジェクトから起業。2014 年グッドデザイン賞受賞、2015 年度京都大学GTEP プログラム(文科省)ファイナリスト、2016 年ミライノピッチ(ビジネスコンテスト:総務省近畿総合通信局)においてグローバルイノベーションに値するOIH 賞を受賞。 (公財)京都高度技術研究所の「京都ビジネスデザインスクール」TA。文化経済学会所属。アートを利活用し、より良い社会の実現を目指すアートイノベーター。