Column/ 惑生探査記:シャッター音の周辺

嵯峨実果子

嵯峨実果子

shutter

荒木経惟のモデルをしていたKaoRiさんが、これまでの仕事に関して黙していたことをブログに投稿し、様々な反響を呼んだ。

彼女は16年間ミューズとして度々写真に登場していたけれど、これまで彼女が主な被写体となったものの出版に関しては事前の相談もなく、名前やイメージが勝手に使用され、一人歩きする状態だったという。さらに虚実入り交じったアラーキーの言動はふたりの関係への憶測や誤解を生み、私生活に支障を来たしていた。環境の改善を訴えてもまともに対応されず、名の通ったアーティストのふるまいに都合良く扱われるままだった経緯が冷静な目をもって綴られている。

一方的で不均衡な関係性のまま「KaoRi」からイメージのみが搾取され、モデルは言われるがまま芸術に奉仕する姿勢でなんでもやって当然の麻痺状態にあった。そこに彼女をミューズと認める目があったとしても、創作に関わるパートナーとしてのまっとうな意味でのリスペクトはなく、思うがままに扱われる主従関係が長きに渡り成り立ってしまっていた。KaoRiさんは若さや無知もあったと振り返っているけれど、内容を読む限りアラーキーを擁護する余地はなかった。

KaoRiさんの告発を受けて起こった反応のなかには、アラーキーの写真は最低だとかただのエロじじいとか、前から好きではなかったがやはり、と批判するものが多く見られた。1999年に書かれた浅田彰の草間彌生とアラーキーを比較した批評「草間彌生の勝利」(『波』7月号、新潮社、1999年)が引き合いに出され、草間彌生は本ものであり強者であり、対してアラーキーは「センチメンタルな物語にすがることでしか生きられないひ弱な」弱者のありかたであるという批判に同意するといった意見も目にする。私はこの批評を今回の一件で初めて読んだけれど、引き合いに出す以前にあまりに大掴みではないかと感じた。どういう状況であっても、作品を生み出すエネルギーの質の違いを強弱、勝ち負けのような硬化した大雑把な言葉で表現されることに私は疑いを持つ。センチメンタリズムを単にひ弱と切って捨てるのは、まるでゆらぎやよどみの中間色を奪って世界を無味乾燥に脱色するかのように思える。目に見える明瞭さや強度だけでは届かない場所が人間にはあるし、そういう部分に浸透するものも人は必要とする。それは別に弱いからではない。

批判すべき対象があらわれたとき、強く言い切られた批評が加勢として使われるのは理解できるけれど賛同できないので、もう少し批判すべき点と作品のことは分けて考えたいと思った。まずKaoRiさんの告発に関してアラーキーを擁護する余地はない。これは写真家とモデルの力関係の不均衡、雇用契約、モラルの問題であり、言うまでもなく改善されるべきことである。写真に関して言うなら、アラーキーは単にセンチメンタリズムにすがった作家ではないと私は思っている。騒ぎに乗じてアラーキーを批判している人の中には、緊縛写真などの過激なヌードしか知らないまま『東京は、秋』や『東京人生』のモノクロームの風景などをきちんと見ていない人も多いのではないか。中判カメラの重いシャッターで切り取られた静かな風景には、純粋に写真として惹かれるものがたくさんある。

そしてアラーキーは良くも悪くも感傷に分け入り、主体でありながら客体としてそれを切り取った上で物語化し、再度そこに同期する能力を持っている写真家であると思う。おもちゃの恐竜なんかを並べて撮った取りつく島のない写真群からも、陽子さん亡き後に残された時間の膨大な余剰として見てしまう。けれどこれは私的なものと写真が重なった結果、物語の中でなんでもアリになっているがゆえ見るに耐えられるところがあり、ただ純粋に写真を見ているのとは違う軸によって支えられている。そういう物語のなかに写り込んで身を置くこと、つまり演じることがうまい。ずるいとも思う。

私は20代のはじめ『センチメンタルな旅』に心を動かされた。この写真集に編まれた夫婦の日々と死による別離、亡き後の余剰を見て、今よりも人生にずっと刹那的な感覚の強かった当時、それより続きのある物語の内容や感情を知りたいと、それを人生において自分も演じることにあこがれた。結婚とはいいものかも知れないとはじめて思った。

日常を撮られた妻は作品の犠牲にされたという批判も騒動のなかで目にした。そういう人は陽子さんのエッセイ『愛情生活』を読んでみると単に犠牲というのともまた異なるものを感じるのではないか。このエッセイにはアラーキーとの出会いから、なんでもない日々、京都に来たら松葉で蕎麦を食べるとか、「あの有名な大股開きの写真にせよ、寝た女しか撮らないという発言にせよ、それによってズタズタに心が傷つけられるという事はない。むしろ、そーゆー夫を持ってよく平気ですねえ、という受け手側の好奇心と、結論の出し方に、傷つけられる事が多いのだ」という写真家の妻の言葉がつづられている。

プライベートを撮られること、例えばそれがセックスの最中だったとしても、その写真が人目に晒される可能性があったとしても、撮られることは陽子さんにとって一種の快楽であったという。陽子さんは〈俺の言うことを聞いてたら間違いないから〉という傲慢さで誰とでも付き合う傍若無人な写真家の夫を「この言葉の裏に、テレを含んだ男のロマンチシズムを感じてしまう」と受けとめていたらしい。「女としての魅力が私にあるとしたら、夫のマナザシや言葉によって作られているのではないかと、つくづく思う」「近頃、私は自分が女であるという事を、前にも増して意識しようとしている。それは、私にとって気分がいい事だから」この言葉に対して嫌悪に近いものを抱く人もいるかも知れない。けれどこれを読んだとき、常識や規範に沿って型にはめこまれて女になっていくのとは違い、マナザシによってすすんで女になっていく陽子さんはむしろ女としてとても解放され、それを楽しんでいるように見えた。そこには写真の犠牲にされたという言葉だけでは括れないものがある。アラーキーが陽子さんを利用していたというのなら、陽子さんもまたアラーキーのマナザシを利用していた。このカタカナ表記のマナザシは眼差しではなくカメラごしのそれだろう。

90年代にはアラーキーに撮られたいと志願する女性がたくさんいたという。彼女達もまたマナザシを利用した。アラーキーの用意した娼婦像は彼女達が欲したものと重なった。束の間演じることのできる自分であって自分でないもの、身を置く環境や社会の要請、道徳によってふるまいを規定された私ではない女性像、何かが欠損した状態、というイメージに身をかさねることで剥がれることが叶った。それが緊縄や露出というイメージとして具現化されたとしても、欲求の根源は欠落、欠損の方にある。その様態がエロスとつながるからだ。本当はそこに結実するイメージはもっと多様であるべきで、男性の視線によって縁取られた娼婦である必要もないけれど、アラーキーはイメージのステレオタイプを提供する装置であった。

KaoRiさんのことに話しを戻すと彼女はダンサーである。カメラの前でも人一倍身体で表現することに意欲を持っていたはずで、さっき書いたような自己イメージの逸脱よりも被写体となる体へのもっと深い欲望を持っていたに違いない。どういう要求にも応えようとしてしまうのは、身体を表現媒体とするアーティストとしてよい仕事をしようとする姿勢にも支えられていたのだと思う。不当な扱いを受けてなおアラーキーの写真への評価を失わない彼女の文章からは、そういう人であろうことを察することができるし、そうでなければ16年もモデルを続けられないだろう。

アラーキーの写真家としての仕事に良きものを見た記憶をもっていた者として、今後この写真家がまちがいなく改めるべきことのあるなかで、もう一度その写真と周辺で起こった事について、丁寧に考えてみる必要があった。


*CLASSROOM Mag掲載の「Column/ 惑生探査記 シャッター音の周辺」に加筆修正の上、転載。