きれいになりたい!「美」の基準って一体…今日は「国際ノーダイエットデー」:アートをおしきせ 20180506

ARTLOGUE 編集部

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正倉院の宝物の一つ《鳥毛立女屏風(とりげりつじょのびょうぶ)》。
ふっくらとした面立ちは、今とは少し異なる奈良時代の理想の美女像をしのばせます。


今日は「国際ノーダイエットデー」なのだそうです。

「美」の判断基準の一つに「痩せていること」が加わったのはいつのことでしょうか。時代によってはふくよかさが美の象徴であったといいます。


海野弘の『ダイエットの歴史―みえないコルセット』によると、体型を意識してコントロールしようとする動きは既にルネッサンスの時期にあったのだそうです。ただしこの頃ダイエットに励もうとしていたのは女性ではなく男性だったのだとか。女性とダイエットとの関係には、食事情の変化、女性の社会進出等が大きく影響しているとのこと。


人類の歴史を遡ると、かつては食べることがままならない、今よりずっと短命の時代がありました。その頃はそもそも太ること自体が難しく、ふっくらとしたフォルムが特別な輝きをもってみえたのかもしれません。貧富の差で量や質に差こそあれ、ある程度の食料をコンスタントに確保できるようになると、体型は大きく、場合によっては大きくなりすぎることもあり、今度は食べ過ぎてはいけない…となる。なんとも皮肉です。

メディアでは、特に女性の「美」をまだまだ細身の身体に見出しているようです。筋肉をつけたカーヴィーなものであったり、折れそうな華奢さであったり、主流となる細さは一様ではありませんが。

近年アートを定義づける上で、既成概念や固定観念に縛られないもの、それらを破っていくものと捉える傾向が強まっていると感じます。ロジカルシンキングの閉塞感を打破するものとしてデザインシンキングが掲げられ、今やイノベーションを起こす発想としてアートローグでも提唱しているアートシンキングの存在感が増してきているのもその流れを示していると思います。

アートの持つ力でメディアが画一化しがちな「美」への固定概念もひっくり返していきたいものです。かくいう私も自分の身体に置き換えた時、「美」の定義は世間に流されがちなのですけどね。

とりあえず今日は(今日も?)ダイエットとの孤独なボクシングを一休みしようと思います。

…ちなみにアートローグでは苦しくないダイエットとして結構歩く美術鑑賞をおすすめしています。てへ。