ビビッドな感性との出会い。ワークショップで隠れた自分を発見しよう

nanchatic

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©self-help 「涼太と周平展」から
©self-help 「涼太と周平展」から


偶然からアートが生まれる瞬間を目撃する。子どもたちや障がい者のビビッドな感性に触れる。遊びながらアートづくりを楽しむワークショップに参加して、自分の中の「子ども性」を再発見してみませんか。



大人の中の子どもの感性


静岡県浜松市を拠点に、「こどもアートスタジオプロジェクト」など数々のワークショップを日本各地で手がけてきたコミュニティ・アーティストのホシノマサハルさん。シルクスクリーン印刷の専門家でもあるホシノさんは、「子どもと大人、障がい者と健常者の境目なんてあいまいだと思うんです」と語ります。

©涼太 小学生の時にホシノさんと出会ってロボットをつくり始めた涼太さん。これまでつくったロボットは110体を超えるそう
©涼太 小学生の時にホシノさんと出会ってロボットをつくり始めた涼太さん。これまでつくったロボットは110体を超えるそう

「大人の中にも子ども性はあるし、それは知らないうちに隠されてしまっているだけかもしれません」

「ワークショップを、子どもの教育や知育といった考えであまりとらえてほしくないですね」とホシノさん。無心に遊びながらものづくりを楽しみ、偶然生まれた美しさに感動する。そういう感性は、子どもも大人も関係ないのかもしれません。

©こどもアートスタジオ
©こどもアートスタジオ



アメリカで開催していたワークショップを浜松に


10年余りの間アメリカのロサンゼルスに滞在したホシノさんは、当初はヒロ・ヤマガタ氏(HIRO YAMAGATA,  1948~)のシルクスクリーン・プリントを担当するなど、アートビジネスの最前線に身を置いていたといいます。スキル向上のためと、時には200を超える版数になる気の遠くなるようなプリント作業に必死に励んでいたそうです。

歲月を経るうちに、次第にアートビジネスの閉鎖的な商業主義にやりがいを失っていったというホシノさん。マイノリティの多い地域に住んでいたこともあり、コミュニティのためにできる活動を模索するようになります。こうして在米後半の6年間は、コミュニティ・アーティストと称して、マイノリティを中心としたコミュニティのためのワークショップ活動に取り組んでいたそうです。

©ロビンス さより
©ロビンス さより

日本に帰国後、シルクスクリーンの工房のための大型の物件を探していたホシノさんは、浜松でミカン倉庫として使われていた建物に出会います。ここを大改装して工房に仕上げ、シルクスクリーン印刷のビジネスと並行して、日本でもワークショップの開催に力を注いでいきます。

2006年には子どものアートにフォーカスした「こどもアートスタジオプロジェクト」を起ち上げ、全国の障がい者支援団体と協力したワークショップやイベントなど、数多くのプロジェクトを手がけてきました。企画したワークショップのテーマだけでも300種類を超えるとのこと。

©BOB ho-ho 好きな部分を見つけて切り取る「カンバッチづくりのためのファブリック・ワーク」より
©BOB ho-ho 好きな部分を見つけて切り取る「カンバッチづくりのためのファブリック・ワーク」より

「アメリカでは普通にワークショップをやっていたので、日本でもワークショップという言葉を使って活動を始めたんですが、最初はなかなか理解してもらえませんでしたね。最近はワークショップという概念も日本に定着してきて、口コミを通して参加枠が埋まるようになったので、あまり広報する必要もなくなりました」とホシノさん。



アーティストとのコラボを模索する「BOB ho-ho」

©ウエダ トモミ
©ウエダ トモミ

ホシノさんは2016年には、グラフィックデザイナーのウエダ トモミさんとの2人組ワークショップユニット「BOB ho-ho(ボブホーホー)」を結成。グラフィックデザインとプリントのコラボレーションによる可能性を探るためでした。今後はほかのアーティストも加えて、予期しない偶然がもたらす作用で、作品を組み上げていきたいとのことです。

もともとホシノさんのワークショップは、ありあわせの道具や材料を使って自分の手でものをつくる「ブリコラージュ」の手法を採り入れたものということ。いろいろな寄せ集め素材や道具が偶然出会い、参加者が遊びの中でストーリーをつむぎ出す、そんな「遊びのワークショップ」だそうです。

「時々どんな発想でこんな作品ができるの?と驚くような経験に出くわすので、ワークショップはやめられないんです」と笑いながら語るホシノマサハルさんでした。