インスタグラムと静物画は似ている?昔も今も変わらぬ意外な共通項とは?

井澤佐知子

井澤佐知子

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ《果物籠》、1596年、カンヴァスに油彩、31×47cm、ミラノ、アンブロジアーナ図書館蔵
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ《果物籠》、1596年、カンヴァスに油彩、31×47cm、ミラノ、アンブロジアーナ図書館蔵

毎日、インスタグラムに次々と投稿される料理や食材の写真。

そうした写真を、同じように食材や料理が主役の「静物画」と比較するという面白い研究が、アメリカのコーネル大学食品商標研究所(Food and Brand Lab)において行われました。

1500年から2000年に描かれた「静物画」140枚を分析したところ、インスタとの意外な相似性が浮かび上がったのです。


「非日常」は絵になる


インスタグラムに投稿される写真の特徴とは何でしょうか。

まずインスタ上で「絵になる」こと、つまり「インスタ映え」が第一条件。それゆえ最近では、フォトジェニックであることが、料理やメニュー、レストランの人気を大きく左右する主要因にもなっています。

とはいっても、名のある画家たちが渾身の力で描いた「静物画」と、だれでも気軽に投稿できるインスタ、比較になるの?と思われる方も多いでしょう。

一見共通点がなさそうな静物画とインスタの投稿写真、コーネル大学の研究で明らかになったのは、両者に共通する「非日常」というテーマでした。


ところで、そもそも「静物画」はなぜ、描かれるようになったのでしょうか。

 

「自然」が脇役から主役へ 

作者不明《Still life with glass bowl of fruit and vases》70年頃、70×108cm、フレスコ画、ナポリ、ナポリ国立考古学博物館蔵
作者不明《Still life with glass bowl of fruit and vases》70年頃、70×108cm、フレスコ画、ナポリ、ナポリ国立考古学博物館蔵

「静物画」の起源は、古代ギリシアにまでさかのぼるといわれています。当時は、床を飾るモザイクに果物が描かれていました。これは、食卓から落ちた食材が死者に捧げられていたという風習から来ているのだそうです。

古代ローマ時代のモザイクやフレスコ画にも、驚くほど写実的な「自然」が数多く残されています。その表現はモダンさすら感じさせますが、実は古代の習わしを連綿と受け継いだ文化遺産の一つだったのです。

カルロ・クリヴェッリ《聖母子像》、1480年頃、21×15cm、木材にテンペラ、イタリア、アンコーナ、ピナコテーカ・チヴィカ蔵
カルロ・クリヴェッリ《聖母子像》1480年頃、21×15cm、木材にテンペラ、イタリア、アンコーナ、ピナコテーカ・チヴィカ蔵

中世には、宗教画の中に、「象徴」、「比喩」として様々な意味を秘めた果物や野菜、植物が描かれるようになりました。聖母子像の周りに、八百屋さんのようにさまざまな野菜や果物があしらわれているのはそのためです。こうした「自然」の事物は、絵画作品の中で主役を支える脇役的な存在でした。

「再生」を意味するルネサンスの時代になると、絵画における「自然」の立ち位置に変化が。古代ローマで自然を題材にしたモザイクやフレスコ画が壁面を飾ったように、室内装飾のモティーフの一つとして「自然」が再びフォーカスされます。帝国の滅亡とともに失われた古代ローマの精神が文字通り「再生」されたかのようでした。

例えば、かつてイタリアにあったウルビーノ公国の君主フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの居城「ドゥカーレ宮殿」。文化に素養のあるフェデリーコ公が文化人を多く招き、小国のウルビーノ公国にもルネサンス文化が花開きました。

ピエロ・デッラ・フランチェスカ《ウルビーノ公夫妻の肖像》1473~75年頃、木板に油彩、各33×47cm、イタリア、ウフィツィ美術館蔵
イタリアルネサンスを代表する肖像画の一つ。ピエロ・デッラ・フランチェスカ(Piero della Francesco, 1412~1492)によるフェデリーコ公爵夫妻の肖像画。
ピエロ・デッラ・フランチェスカ《ウルビーノ公夫妻の肖像》1473~75年頃、木板に油彩、各33×47cm、イタリア、ウフィツィ美術館蔵 ※制作年はウフィツィ美術館公式サイトに基づく

現在は国立マルケ美術館としても知られるドゥカーレ宮殿は、建物そのものが美術作品。室内に施された装飾も必見です。なかでもフェデリーコ公の書斎の壁には、遠近法を駆使した様々な自然や楽器、書籍が寄木によって描かれていて、ルネサンスの真髄を見ることができます。

ウルビーノの宮殿内にあるフェデリーコ公爵の書斎の壁を飾るパネル。遠近法がこれでもかと駆使されて描かれた楽器。1473年頃。
ウルビーノの宮殿内にあるフェデリーコ公爵の書斎の壁を飾るパネル。遠近法がこれでもかと駆使されて描かれた楽器。1473年頃。

そして1600年代、「自然」を主役にした「静物画」というカテゴリーが大ブームとなります。

注文された「静物画」に描かれた食材は、注文主の好みによってテーマが決まることが多かったのですが、画家にとってはまさに技量の見せ所でした。宗教画であれば、人物像は想像を働かせて描くことができます。一方、写実を重んじる「静物画」は画家の手腕がそのまま反映されてしまう分、自分のもてる能力をいかんなくアピールすることが出来るジャンルだったからです。

オランダではレモン、ドイツでは魚介類

ピーテル・クラース《A ham, a herring, oysters, a lemon, bread, onions, grapes and a "roemer" (wine glass of that period) on a table》1645年、パネルに油彩、50.2×68.5cm
ピーテル・クラース《A ham, a herring, oysters, a lemon, bread, onions, grapes and a "roemer" (wine glass of that period) on a table》1645年、パネルに油彩、50.2×68.5cm

コーネル大学が調査の対象とした、1500年から2000年の間の静物画には明確な特徴がありました。

作品が描かれたご当地の食材よりも、他国から輸入されたいわゆる「高級食材」がテーマになることが多かったというのです。

例えばオランダではレモンが全作品の半分の作品に、ドイツでは魚介類が20%の作品に登場します。北に位置するオランダではレモンが育たず、ドイツでは海に面した領土に恵まれませんでした。そうした事情から双方とも高級かつ非日常的な食材となり、頻繁に描かれることになったのではないか、というわけです。

ちなみに、そうした条件とは関係なく多くの静物画に描かれた食材があるそうです。

何だとおもいますか?

答えは「リンゴ」です。

美しい色と形がサマになったうえ、キリスト教の世界でも「禁断の果実」とされていたからでした。コーネル大学の研究者は、「人々が食べる以上の量のリンゴが静物画には描かれている」(!)と語っています。

インスタで食べ物に関する写真を投稿するとき、どのような心理が働いているのでしょうか。自分が食べている特別で、見た目の良い料理とともに、「(そうした食事を楽しむ)自分の素敵な生活を自慢したい!」という、いわゆる「リア充」アピールの気持ちがあるのではないでしょうか。

つまり、画家たちが渾身の力で描いた「静物画」も、スマホで簡単に撮ることができる「写真」も、根底にある人間の思いというのはいつの時代も変わらないということなのでしょう。

オシアス・ベールト《Dishes with Oysters, Fruit, and Wine》1620~1625年頃、パネルに油彩、52.9×73.4cm、ワシントン・ナショナル・ギャラリー・オブ・アート蔵
オシアス・ベールト《Dishes with Oysters, Fruit, and Wine》1620~1625年頃、パネルに油彩、52.9×73.4cm、ワシントン・ナショナル・ギャラリー・オブ・アート蔵
By Daderot [CC0], from Wikimedia Commons


「静物画」=辛気臭い?

フィリップ・ド・シャンパーニュ《ヴァニタス》1671年頃、パネルに油彩、28×37cm、フランス、ル・マン、テッセ美術館
フィリップ・ド・シャンパーニュ《ヴァニタス》1671年頃、パネルに油彩、28×37cm、フランス、ル・マン、テッセ美術館

言葉通り作品に動きがない静物画は、なんとなく古い家の応接間を飾る辛気臭いイメージがあります。暗い背景から浮かび上がる果物や野菜はともかく、魚や狩猟の獲物、はかなさの象徴として描かれた頭蓋骨は日本人にはちょっと近寄りがたい雰囲気。

イタリアでは、「静物画」と言えばだれもが思い出す作品があります。

それは、カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi detto Caravaggio, 1571~1610)の《果物籠》。このコラムの冒頭にある作品です。

1596年に描かれたこの作品、イタリアでは静物画の最高峰ともいわれています。ユーロが導入される前には、イタリアの10万リラ紙幣にカラヴァッジョの自画像とセットでデザインされていました。

10万リラ紙幣に描かれたカラヴァッジョと《果物籠》 By OneArmedMan [CC-BY-SA-3.0], from Wikimedia Commons
10万リラ紙幣に描かれたカラヴァッジョと《果物籠》
By OneArmedMan [CC-BY-SA-3.0], from Wikimedia Commons

一般的な静物画とは異なる明るい背景、絶妙なバランスで描かれた果物籠の藁の一本一本、虫食いのリンゴ、香りさえ漂いそうな葡萄の熟れ具合。

皆さんもぜひ、静物画の艶やかさをゆっくりご覧になってください。冷たいガラスの素材、注ぎ込み光と影、どれを見てもため息が出るような細かな描写に圧倒されること、間違いなしです。

現代のインスタグラムのように、どこかに「リア充」アピールしたい気持ちが込められている、そしてその思惑通り「おいしそう!」とよだれが出そうになりながら眺めた人がいる…更にそんなことを想像しながらみると、辛気臭いと感じていた静物画の印象も変わってくるかもしれません。