地中海式食事法のシンボル〈豆〉、昨今の健康ブームで大人気

井澤佐知子

井澤佐知子

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ジョヴァンナ・ガルツォーニ《Still Life with Bowl of Citrons》、1651~1662頃、羊皮紙に水彩、24.5×34.5cm、イタリア、パラティーナ美術館蔵 [Public domain], via Wikimedia Commons


今年2018年は、イタリアの文化財・文化活動省が〈イタリア食材の年〉と定めています。


毎年、こうしたテーマを制定して、人々の文化的関心を喚起する目的があるようで、今年の〈食〉に関していえば、イタリア各地の美術館が所有する芸術品に見られる〈料理〉や〈食材〉がよくツィートされています。
https://twitter.com/hashtag/annodelciboitaliano?src=hash

そのツィートによく登場していた画家の一人、ジョヴァンナ・ガルツォーニ(Giovanna Garzoni, 1600~1670)。彼女が描いた、〈豆〉が本日のテーマです。

<メルカート・コンタディーノ・カステッリ・ロマーニ ( カステッリ・ロマーニ地方の農家直営市場)>でみつけたそらまめ。生で食べるのがおいしいみずみずしさ。
<メルカート・コンタディーノ・カステッリ・ロマーニ ( カステッリ・ロマーニ地方の農家直営市場)>でみつけたそらまめ。ローマではペコリーノチーズと一緒に生で食べるのがこの時期の風物詩。

 

女性らしい優しい色遣いの静物画


〈静物画〉というと、古い応接間を思わせる黒い背景の作品が頭に浮かびます。

ジョヴァンナ・ガルツォーニは、1600年頃にイタリアのマルケ州に生まれた画家。イタリア各地の宮廷で、その女性らしい優しい色遣いのミニアチュールや肖像画が愛され重用されました。

一方で、ジョヴァンナは数多くの静物画を残しました。彼女の静物画は、イタリアの澄んだ空気を思わせる色遣いと繊細なタッチが特徴で、現代の我々が見てもモダンです。

地中海式食事法の主役〈豆〉 エピソードさまざま

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2010年にユネスコの無形文化遺産に認定された〈地中海式食事法〉は、その後も世界中で注目され、健康に長寿を全うするための理想的な食事法と言われるようになりました。

その食事法の主役が、〈豆〉です。

もともと、地中海地方では古代から豆を食べる習慣があり、レンズ豆、ひよこ豆、ソラマメなどなど多種の豆類が庶民から上流階級の食卓に乗ってきました。アメリカ大陸発見後には、彼の地からヨーロッパにさまざまな豆がもたらされ、これらもまた自然にヨーロッパの食卓に馴染んだようです。

古くは、旧約聖書の創世記に、双子の兄弟のエサウとヤコブが長子権を〈レンズ豆のスープ一杯〉で交換したというエピソードが残ります。

古代ローマ時代には、超高級ワインとされていた〈ファレルノ〉の葡萄栽培が行われていたカプアでは、葡萄と植えると相互作用でお互いに発育を促す豆科の植物の存在が確認されています。食卓を飾るだけではなく、農業技術の分野でも豆は当時から重要な役割を果たしていたのでしょう。

また、ルイ十四世(Louis XIV, 1638~1715 )の宮廷では、グリーンピースが大流行したという逸話があります。当時、豆類は熟してから食べるのが常識で、イタリアからもたらされたみずみずしいグリーンピースはフランス人を夢中にさせたのだとか。

画家たちが描いた〈豆〉

アンニーバレ・カッラッチ 《The Beaneater》、1584~1585、キャンバスに油彩、57×68cm 、イタリア、コロンナ美術館
アンニーバレ・カッラッチ 《The Beaneater》、1584~1585、キャンバスに油彩、57×68cm 、イタリア、コロンナ美術館蔵 [Public domain],
via Wikimedia Commons


イタリアの料理本の表紙を飾ることが多い、画家アンニーバレ・カッラッチ( Annibale Carracci, 1560~1609)の《The Beaneater(豆を食べる人)》。

16世紀後半の庶民の食卓では、農夫とおぼしき男性が豆のスープ、パン、ネギ、キノコ、ワインを前にしてこちらを見ています。

イタリアのトスカーナ州に行くと、レストランでも〈豆のスープ農民風〉というメニューをよく目にしますが、たかだか豆のスープと侮っていると滋味にあふれた濃厚なスープが登場し、彼の地の食文化の奥の深さを実感することになります。

そのトスカーナ出身のレオナルド・ダ・ヴィンチ ( Leonardo da Vinci, 1452~1519)も、グリーンピースとサクランボ、そしてイチゴを描いたデッサンを残しています。この作品も、レオナルドと食に関する書籍のカバーをよく飾ります。


前述のガルツォーニも、マルケ州で生まれ、ヴェネツィア、ナポリ、トリノ、ローマと巡った後、フィレンツェのメディチ家に仕えるようになりました。


その彼女が描いたといわれる《The Man from Artemino(アルテミーノの老人)》には、メディチ家の山荘からほど近いアルテミーノに住む老人とその地の名産食材が描かれています。

この絵には豆類は描かれていないのですが、カテリーナ・デ・メディチ( Caterina de’ Medici, 1519~1589)がフランスにお嫁入りのさいに、トスカーナの農夫とともにフランスに持ち込んだアーティチョークがちょこんと描かれているのが見えます。

ジョヴァンナ・ガルツォーニ 《The Man from Artemino》、1648~1651 、羊皮紙に水彩 、38.6×60cm、 イタリア、ピッティ美術館蔵
ジョヴァンナ・ガルツォーニ 《The Man from Artemino》、1648~1651 、羊皮紙に水彩 、38.6×60cm、 イタリア、ピッティ美術館蔵 [Public domain],
via Wikimedia Commons


〈食〉という身近な話題から美術に触れる


〈食べる〉という行為は、人間の生活において不可欠という点では最たるものであり、その視点から美術に触れることは、なにやら敷居の高そうな芸術を身近に感じるというメリットがあります。時代を隔てた人々と、美術に表現された食材を通してコミュニケーションを取るのはちょっとしたブーム。歴史家や料理研究家も、こうしたテーマの書籍を次々に刊行している昨今です。