シドニー・ビエンナーレを親子で体感して理想のアートツーリズムについて考える

Seina Morisako

Seina Morisako

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とにかく大きい!シドニービエンナーレでした(@キャリッジワークス)。


第21回シドニー・ビエンナーレが3月16日から6月11日までオーストラリアのシドニーで開催されました。森美術館のチーフキュレーターである片岡真実さんがアジア出身者から初の芸術監督に就任ということもあり日本のアートシーンでも話題になりました。

今まで筆者は家族で多くの芸術祭を訪問してきました。今回のシドニー・ビエンナーレは「芸術祭」としてとても面白いのはもちろんのこと、「こんなに初めての鑑賞者に親切(First time viewer friendly)なビエンナーレは初めて!」と驚かされたのが印象的でした。シドニーは国際的な観光都市です。この観光都市にビエンナーレはしなやかに一体化していました。


そんなシドニー・ビエンナーレを振り返りながらビエンナーレをアートツーリズムとしてどう楽しむかを考えてみたいと思います。

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船に乗って、島にたどり着くという行為は冒険度を高めてくれます。それが気軽に体験できるのはとても便利(コッカトゥー島会場の入り口にて)。


1:アートツーリズムとは


そもそも「アートツーリズム(Art Tourism)」とはなんでしょうか。三省堂『大辞林』によると「美術館などの展示施設や野外彫刻などの芸術作品を巡ることで地域の文化に触れる観光活動」と定義されています。

都市部ではない地方の活性化、観光流動を促す新たな手段として注目を集めていることから「アートツーリズム」は新しい言葉なのかな?と考えられがちですが、「芸術を旅をして見に行く」という行為は何世紀も前から行われているものです。

一方ビエンナーレという言葉。そもそもはイタリア語で「2年に1回」を意味します。転じて美術界では「2年に1回開かれる美術展覧会」を表す語として使われます。ちなみに「トリエンナーレ」は「3年に1回開かれる美術展覧会」を指します。販売目的のアートフェアでもなく、美術館で行われる展覧会でもない。そう、ビエンナーレはアートのお祭りなのです。お祭りを目的とした観光が昔から親しまれてきたあることを考えると、ビエンナーレは、旅行にぴったりですよね。

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ニュー・サウス・ウェルズ州立美術館会場ではシドニー・ビエンナーレの歴史を振り返る展示もありました。


2:シドニー・ビエンナーレの歴史、そして今回


シドニー・ビエンナーレは1973年、シドニー・オペラ・ハウスのオープニングを祝うプログラムの一環として、イタリア移民フランコ・ベルジョーロ・ネットティス(Franco Belgiorno-Nettis, 1915~2006※トランスフィールドホールディングス(Transfield Holdings:オーストラリアで最も成功した電力会社の1つ)の創設者)によって始まりました。今回は21回目。非常に歴史があり、国際色の高いビエンナーレとして高く評価されています。

ビエンナーレには毎回タイトルがつけられます。お祭り全体の「テーマ」のようなものです。今回のタイトルは「スーパーポジション:均衡とエンゲージメント(SUPERPOSITION: Art of Equilibrium and Engagement)」。

量子力学用語からの引用となる「SUPERPOSITION(重なり合い)」という概念と古代中国の自然思想である陰陽五行の五行説を同時に並べ「多様な価値観が同時に存在し、それぞれが関係を持ちながら均衡を保つ状態」、つまり異なる文化の共存がテーマとして掲げられています。

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中国語の字幕、ナレーションがとても印象的だったGeng Xue映像作品《The Poetry of Michelongelo(2015)》(@Artspace)

シドニーにはあらゆるバックグラウンドを持った人が生活しています。特に中国系は一大勢力です。よってこの「最新技術と古代中国の融合」はまさに今のシドニーを表していると言えます。様々な価値観の共存が今までどう行われてきたか、そしてこれからどう行われていくか。世界が保守的な考え方にシフトしている今、非常に重要なテーマであります。

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ビエンナーレ会場の1つであるオーストラリア現代美術館では別の階で通常展も開催。こちらも無料で楽しむことができました。

シドニーに設けられた7つの会場(コッカトゥー、オペラハウス、オーストラリア現代美術館、キャリッジワークス、ニュー・サウス・ウェルズ州立美術館、Artspace、A4 Centre for Contemporary Asian Art)に、ビエンナーレのテーマを多面的に映し出す様々な作品が展示されており、ビエンナーレは、シドニーに紡がれてきた歴史、現在、そして未来を体現していました。特徴的だったのはビエンナーレとして日常から分離するのではなく街に溶け込むスタイルであったことです。オーストラリア現代美術館、ニュー・サウス・ウェルズ州立美術館では常設の展示や別の展覧会も行われていて(特別展を除いては)無料で鑑賞することが出来ました。

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開幕当初から話題になったアイ・ウェイウェイ(Ai Weiwei, 1957~)《Low of the Journey(2017)》(@コッカトゥー島)。救命ボートに乗って命がけで海を渡る難民の姿を、受け入れる側としてどう捉えるか、鑑賞者は皆様々な立場から自発的に議論していました。

今回筆者は息子のオーストラリアの友人家族(シドニー在住)と一部をまわったのですが、友人家族は、オーストラリア全体で考えなくてはいけない問題が子供にもわかりやすく具現化されていることに感激していました。例えば移民問題。現在オーストラリアでは移民と治安が社会問題になっています。この状況をどのように捉え、考察するのか。芸術は社会が抱える問題をその人の心に届く形に変え、問いかけてくれます。

でも、中には「アートなんてわからない」と身構えて、作品からそこまでキャッチ出来ない場合があります。このシドニー・ビエンナーレにはその難しいハードルを取り除くための工夫が様々な形で見受けられました。

3:シドニー・ビエンナーレがアートツーリズムとして最高であった4つの理由


ではシドニー・ビエンナーレはどの点がアートツーリズムとして最高であったのかを具体的に検証してみたいと思います。

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George Tjungurrayiの作品群は贅沢な空間だからこそ存分に堪能することが出来ました、周囲に段差がないのでどんな人も安全に楽しむことが出来ます(@キャリッジワークス)。

 
3-1:ほとんどの会場の入場料が無料


オペラハウス以外は全て無料で、営業時間内であれば好きな時間帯に出入りすることができました。そして7会場のうち5会場は美術館、またはアートスペース。様々な人が訪れることを前提に設計された公共スペースなので、床がフラット、エレベーターが完備していたりとベビーカーでの移動も容易でした。出入り自由、段差なしという会場構成は赤ちゃん連れだけでなくお年寄りや車椅子の方にも優しい!気兼ねなく鑑賞できます。ただし注意しなければならない点は営業時間が通常だと午後5時で終了してしまうこと(注:オーストラリア現代美術館とニュー・サウス・ウェルズ州立美術館には水曜日夜間開館が設定されていました)。アジア系観光客が閉館時間を知らず入場拒否されているケースに何度か遭遇しました。

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Opalカード。これ1枚でシドニーの公共交通機関の乗車可能。子供用(4歳から15歳まで)と大人用(16歳以上)があります。交通機関窓口、コンビニ、インターネットなど旅行者でも簡単にチャージ可能。

参照:「シドニーでオパールカードを実際に購入して使ってみた【体験記】」https://australiahereandnow.com/using-opal-card/、2018年6月14日アクセス

3-2:移動が容易


今回のシドニー・ビエンナーレは7会場で行われました。そのうちの1つはコッカトゥー島という、戦前は刑務所として、戦時中は軍用船の整備のために使われていた島です。現在は観光地になっていて主要な港からフェリーで移動することが出来ます。フェリーは頻繁に出航していて、乗船料はオパールカード(Opal card)というシドニー全体で使われるプリペイド式交通カード(SuicaやPASMO、ICOCAのようなもの)で簡単に支払うことが出来ます。その他の会場は美術館なので、主要な公共交通機関を利用して、簡単に訪れることが出来ます。もちろん電車、バスの支払いはオパールカードで出来ます。そして若干交通が不便な場所でもUberなどの配車サービスを使えば土地勘の乏しい筆者でも親子で簡単に向かうことが出来ました。移動にストレスを感じないというのはアートツーリズムとしてとても重要です。

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コッカトゥー島は予約をすればキャンプも可能。シドニー在住の家族の人気レジャーだそうです。キャンプ場から数分でビエンナーレ会場に到着することができます。


3-3:広い会場を贅沢に使う展示


筆者が訪れたのは5月の最終週。閉幕1ヶ月を切っていました。しかし会場の1つであるコッカトゥー島は日曜日、朝から大勢の人が訪れていました。この島はキャンプが出来るだけでなく戦前、戦時中時代の施設が見学出来たり、自然を楽しめたりするのです。もちろん文化施設もオープンしていて、いつものコッカトゥー島とビエンナーレが違和感なく共存していました。そのため、様々な目的でコッカトゥー島を訪れた人が、偶然ビエンナーレに参加するという流れができていました。このセレンディピティは「面白かったから別の会場にも行ってみよう」という意欲を掻き立ててくれます。

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Marco Fusinatoの《Constellaction(2015)》。鑑賞者はバットで壁を殴って作品に参加できるんですが音の衝撃が凄まじかったです。

会場が広いので、大きな作品が非常に多い。7会場で69人のアーティストという参加者(公式パンフレットの掲載をカウント)は通常の芸術祭から考えると人数は少なめです。それはこのような大きな作品を存分に発表するためなのかなとか感じました。特に、映像作品の展示がとても自由。大きなスクリーン、よく聞こえる音量。そして音量を気にしなくていい大きなスペース。大きな会場だからできる贅沢を存分に味わうことが出来ました。そして音が自由にできる会場は静寂の強要がないのも重要なポイントです。親子で鑑賞するにはとてもストレスフリーでした。

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コッカトゥー島に出店したToby's Estate Coffeeはオーストラリアでも有名なコーヒー店です。


3-4:美味しい食事、清潔で自由な休憩場所


家族旅行では移動中の食事はとても大切、そして時に頭を悩ませる問題でもなります。シドニー・ビエンナーレでは多くの会場で気軽に取れる食事や休憩場所を容易に探すことが出来ました。シドニーの食事は比較的ハズレが少ないと思います。しかし物価はちょっと怯んでしまうくらい非常に高いです。そのような環境の中で、子供の「お腹減った」や「喉が渇いた」に臨機応変に答えられるかどうかはとても重要です。ニューサウスウェルズ州立美術館、オーストラリア現代美術館にはとても綺麗なカフェがあります。コッカトゥー島にはシドニーで有名なコーヒー豆のお店がカフェを出店していました(ちなみにオーストラリアはカフェ文化がとても発達している都市です。2012年の統計によると国民一人あたり1年で93杯のコーヒーを飲んでいる計算になります)。

参照:「コーヒー消費からみるオーストラリア人ライフスタイル」http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/abroad/78australia、2018年6月14日アクセス

そして休憩所、トイレの数と清潔さも満足できるものでした。環境が整っていた都市を上手に利用している印象を受けました。

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オーストラリア現代美術館4階のカフェはオペラハウスの絶好鑑賞ポイントでもあります。値段も他のレストランに比べれればお手頃です。
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学生さんの見学も多くの場所で見ることができました。(オーストラリア現代美術館会場にてEsme Timbery《Shellworked Slippers(2008)》の説明を聞く学生さんたち。



4:完成度の高いアートツーリズムは様々なスタイルのアートラバーを産み出す


出入り自由、無料、行きやすい、音を気にしなくていい雰囲気。訪れる条件の完成度が高い会場には自然に人が集まってきます。筆者親子が滞在していた数日間でも、平日は学校の生徒さんが授業の一環として、週末になると、様々な世代の家族がビエンナーレの会場を訪れていました。非常に自由な気持ちで臨める鑑賞体験は、アートに対する苦手意識を消し去り「また行ってみよう」という前向きな気持ちにさせてくれます。そして、その「また行ってみよう」はアートが生活に身近になる原動力にもなるのです。

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街に一体化した芸術祭はストレスフリー。最初にアートに触れる機会としてとてもオススメです(@コッカトゥー島)。


5:芸術祭を家族で訪問する際にはこの点をチェック


日本でも多くの地方で芸術祭が行われています。せっかくだから家族旅行してみようかと思ったら、下記の点をチェックしてみましょう。

1:入場料が必要か、無料で鑑賞できる会場はあるか
2:会場の広さ
3:会場までの距離
4:食事、休憩所

この4点を考慮して「家族での鑑賞も大丈夫」と引率者が納得できれば、アートツーリズムは最高の旅になるでしょう。今回のシドニー・ビエンナーレはアートツーリズムとして最高の舞台でした。2年後のシドニー・ビエンナーレが今から楽しみです。