紬織の人間国宝である染織家 志村ふくみの生誕100年を記念して、滋賀県立美術館で開催中の「生誕100年記念 人間国宝 志村ふくみ展 色と言葉のつむぎおり」
1984年8月26日に滋賀県立近代美術館として開館した「滋賀県立美術館」。日本画家の小倉遊亀(滋賀県大津市出身)や染織家の志村ふくみ(滋賀県近江八幡市出身)のコレクションは国内随一を誇っています。2023年度末時点の収蔵件数は、日本画・郷土 1,291件、現代美術 567件、アール・ブリュット 731件の合計2,589件です。
本館では、しーんと静かにする必要はなく、おしゃべりしながら過ごすことができます。目が見えない、見えづらいなどの理由でサポートを希望される場合や、そのほか来館にあたっての不安をあらかじめ伝えていただいた場合には、事前の情報提供や当日のサポートの希望に可能な範囲で対応してくれるなど、鑑賞者に大変優しい美術館です。
そんな滋賀県立美術館にて、紬織の人間国宝である染織家、志村ふくみの生誕100年を記念して、故郷滋賀で約10年ぶりとなる個展「生誕100年記念 人間国宝 志村ふくみ展 色と言葉のつむぎおり」が、2024(令和6)年11月17日まで開催中です。
滋賀県近江八幡市出身のふくみは、30代の頃、実母の影響で染織家を志し、植物染料による彩り豊かな染めと、紬糸(節のある絹糸)を用いた紬織に出会います。特定の師にはつかず、自らの信念を頼りに道を進むうちに、生命力あふれる色の表現、文学や哲学といった多彩な芸術分野への探究心に培われた独自の作風が評価され、1990(平成2)年、紬織の人間国宝に認定されました。
本展では、国内屈指の規模を誇る滋賀県立美術館収蔵の志村ふくみ作品と館外からの借用作品、作家ゆかりの資料など合わせて80件以上を展示し、初期から近年までの歩みをたどります。合わせて、ライフワークである「源氏物語シリーズ」や、ふくみの心のルーツであり、制作においても重要な位置を占める滋賀をテーマにした作品を紹介します。
また、ふくみは染めや織りの仕事と共振させるかのように言葉を紡ぎ、第10回大佛次郎賞を受賞した初の著作『一色一生』(1982(昭和57)年)など、これまで20冊以上の著作を刊行しています。本展では随筆家としての活動にも注目し、染織作品や故郷、仕事への思いを語るさまざまな言葉をご紹介します。
ふくみは、本展に以下の言葉を寄せています。
「百歳を迎えた今、ゆかりの深い滋賀県立美術館で展覧会を開催していただくことは大きな喜びでございます。同時に染織家として責任も感じています。
私の生きた一世紀と、次の一世紀を思うとその違いに慄然といたします。
地球の環境全てが大きく変わってしまいました。
琵琶湖を藍甕(あいがめ)に例えるなら、この先も美しい色彩がそこから生まれ出ることを祈って止みません」。
次に、四章で構成される展示についてご紹介します。
第一章 近江八幡の水辺から
1924(大正13)年、琵琶湖畔の町である滋賀県近江八幡で小野元澄(もとずみ)、豊(とよ)の間に次女として生まれたふくみは、幼い頃に実父の弟、志村哲(さとる)夫妻の養女となりました。やがて自身の出自を知ったふくみは、かつて京都で民藝運動に携わったこともある実母の手引きによって、1955(昭和30)年より故郷で染織家としての活動を始めます。特定の師を持たず、素朴ながらも独自の感性に裏打ちされた作品が近江八幡の工房で生み出され、1957(昭和32)年、第4回日本伝統工芸展に初出品で初入選を果たします。
随筆家としてのふくみの歩みも、またかの地から始まったといえるでしょう。ふくみが最初にまとまった文章を発表したのは1954(昭和29)年、早世した実兄、小野元衞(もとえ)について記した「兄のこと」。近江八幡の実家で、元衛の枕元に寄り添った看病の日々が綴られています。
本章では、日本伝統工芸展に初出品し染職家として歩み始めた近江八幡時代の紬織作品と、関連する言葉を紹介します。
《方形文綴織単帯》が日本伝統工芸展に入選し、染職家としてのデビューを飾ったふくみでしたが、引き続き特定の師にはつかず、地元の職人に教えを乞いながら、手探りで技術を身につけようともがく毎日でした。そのような日々の中で、ふくみは緑濃い草むらや竹やぶの薄暗がりを思わせる1領を織り上げます。実母との何気ない会話の中から《鈴虫》と命名された本作は、晩夏の近江八幡の情景を思わせる、初期の代表作です。
第二章 広がる色と言葉の世界
1968(昭和43)年、ふくみは近江八幡から京都嵯峨に工房を移します。この時期、多くの交流や旅などを通してふくみの視野は一気に広がりました。やがて生命力あふれる色の表現、文学や哲学といった多彩な芸術分野への探究心に培われた独自の作風が評価され、1990(平成2)年には、いわゆる人間国宝である重要無形文化財保持者(紬織)に認定。2013(平成25)年には、染織を学ぶ場として「アルスシムラ」を設立し、後進の育成にあたるようになります。
旺盛な染織作品の制作と歩調を合わせるかのように、言葉による表現にも積極的に取り組みました。1982(昭和57)年に出版された随筆集『一色一生』(求龍堂)は、翌年に第10回大佛(おさらぎ)次郎賞を受賞。自身が興味を抱いたさまざまな領域を行き来しながら紡ぎ続ける言葉は、いまも多くの読者を魅了しています。
本章では、より独自性の強い作風へと展開を見せた、京都嵯峨の工房への転居後から現在に至るまでの作品を展示します。
何本かずつ束になったロウソクの一群が、藍の地の上に炎を揺らめかせています。イタリア旅行の際、ふくみは田舎の教会でミサが行われているところに遭遇しました。祈りを捧げる人々を取り囲むように、堂内を埋め尽くしたおびただしい数のロウソクの炎が印象的だったといいます。本作は、その旅行の体験をもとに制作されました。炎とロウソクには絣の技法が生かされ、炎の背後に白いぼかしを入れることで、炎の揺らぎを表現しています。
第三章 王朝の世界に遊ぶ 「源氏物語シリーズ」より
ふくみが京都で工房を構えた嵯峨には、歴史ある名刹が点在しています。『源氏物語』の主人公、光源氏のモデルと言われる平安時代の実在の人物、源融(みなもとのとおる)が眠る清凉寺もその一つです。ある日、散歩の途中に清凉寺を訪れたふくみは源融の墓所の存在を知り、遠い王朝の世界が一気に身近に感じられるようになったといいます。そもそも『源氏物語』は、作者である紫式部が近江石山寺に参籠(さんろう)し、琵琶湖に映る月を眺めていた際に物語の着想を得たことが執筆のきっかけと伝わります。古典文学への造詣が深く、滋賀と京都、両地ともにゆかりの深いふくみにとって、『源氏物語』が深く興味を惹かれるテーマであったことは想像に難くありません。
本章では、ふくみがライフワークとして織りつなぐ「源氏物語シリーズ」から9件を抜粋し、ご紹介します。
琵琶湖がテーマの「湖水シリーズ」の最初期に制作された、記念碑的な1領。ふくみが、「ふと後をふりむくと、湖全体に夕陽が映え、細波が黄金色にきらめいていた。山の端に入日するほんの数刻、湖は燃えるように茜色に染っていた。(「彩ものがたり 湖上夕照」『芸術新潮』1982年12月号)と回顧する琵琶湖の夕焼けの情景が、濃紺地に朱や茶などの色を織り込み表現されています。
第四章 近江 百年の原風景
「琵琶湖は私にとって単なる風景ではない。肉親や愛する人などの終焉の地であり、鎮魂の思いのする湖、いわば私の原風景というべきところである。」(「自然の風景、心象風景を織る」『伝書 しむらのいろ』求龍堂 2013年)と語るように、ふくみにとって琵琶湖は、実兄の元衛(もとえ)をはじめとする大切な人を見送り、人生の再出発を決意した祈りと鎮魂の地でもありました。故郷の近江をこよなく愛したふくみは、京都に工房を移転した後も制作に行き詰まると電車に飛び乗り、琵琶湖を眺めに出かけたといいます。
展覧会の結びとなる本章では、本年100歳を迎えたふくみの原風景である近江、琵琶湖がテーマの作品群をご紹介します。また、植物染料によって染められた「色糸(いろいと)」のインスタレーションも展示。ふくみが故郷で出会い心惹かれた、織り上げられる前の状態の糸の艶や質感をぜひ確かめてみてください。
以上、滋賀県立美術館にて開催中の、紬織の人間国宝である染織家、志村ふくみの生誕100年を記念した個展「生誕100年記念 人間国宝 志村ふくみ展 色と言葉のつむぎおり」をご紹介しました。経糸と緯糸が交差して織り出される紬織のように、色と言葉との出会いを美術館でぜひお楽しみください。
■滋賀県立美術館 開館40周年記念「生誕100年記念 人間国宝 志村ふくみ展 色と言葉のつむぎおり」
会期:【前期】10月8日(火)~10月27日(日)
【後期】10月29日(火)~11月17日(日)
※会期中に展示替えを行います。
休館日:毎週月曜日(ただし祝休日の場合には開館し、翌日火曜日休館)
開場時間:9:30~17:00(入場は16:30まで)
会場:滋賀県立美術館 展示室3
観覧料:一般1,200円(1,000円)
高校生・大学生800円(600円)
小学生・中学生600円(450円)
※お支払いは現金のみ
※( )内は20名以上の団体料金
※企画展のチケットで展示室1・2で同時開催している常設展も無料で観覧可
※未就学児は無料
※身体障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳、療育手帳をお持ちの方は無料
主催:滋賀県立美術館、京都新聞
特別協力:都機工房
後援:エフエム京都
企画:山口真有香(滋賀県立美術館 主任学芸員)
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