見えない人、見えづらい人たちの作品鑑賞のために、美術館は何ができるかを考えた「さわるSMoAコレクション」
滋賀県内唯一の公立美術館として1984年に開館した「滋賀県立近代美術館」。2017年4月からの約4年間の休館を経て、2021年6月、名称を新たに「滋賀県立美術館」としてリニューアルオープンしました。
そんな滋賀県立美術館で、今後の美術館の方向性を考えるためのテストケースとして、見えない人、見えづらい人たちを含めた、色々な人に作品を鑑賞してもらえる展覧会「さわるSMoAコレクション」が、2023年12月20日まで開催中です。
本展では、もっとも視覚的な表現とも言える絵画を取り上げ、絵画を視覚以外でも鑑賞してもらえるよう、本館のコレクション作品を「触図(しょくず)」とともに展示しています。触図とは、視覚障害のある人に描かれているものを伝えるために、輪郭線や面を凸状に浮きあがらせたり、素材を変えて手触りを変化させたりして、描かれているイメージを触覚で伝えるツールです。
本展を企画したエデュケーターの吉川紀子氏は「この展覧会は、見える人、見えない人、見えづらい人、色々な人にどうやったら鑑賞を楽しんでもらえるのか、それに対して美術館が何ができるかを考えるところから始めました。触図を一つのツールとして平面作品と一緒に展示しています。それによって、幅広く色々な人に楽しんでもらうきっかになればと。触図を使った鑑賞は、視覚障害のある方が受身にならずに、『これって何なの?』という自分から能動的に鑑賞できるというのが、とても良いところなのではないかなと思います」と語っています。
触図を使った鑑賞は、絵画の内容を言葉で説明されることに比べて、描かれたものを自分のペースで探して、発見することができるといいます。一方、視覚から触覚へ翻訳していく過程には、色をどのように表現するのか、描かれたものや絵の具の質感はどう伝えるのか、自分の身体よりもずっと大きな作品はどう体感してもらうかなど、いくつもの課題があったそう。
こうした課題に対して、今回の展示では触図制作者の小川真美子氏や、視覚障害のある美術家・鍼灸師の光島貴之氏に相談。相談しながら制作した触図は、大きさや作品の構造などを伝えるために、いくつかのアイデアを盛り込んでいるといいます。
触図や点字を触るコツとして、指の腹で力を入れずに優しく触ると、触図の細かいデコボコを感じることができます。点字もつぶさずに触ることが可能です。
また、展示室内の挨拶文以外の文章は「やさしい日本語」で書かれています。やさしい日本語は、外国にルーツのある人など、日本語に不慣れな人々に対する情報保障という観点から始まった文章の作成方法です。阪神・淡路大震災のときに外国にルーツを持つ方に情報がきちんと伝わらないということがきっかけで生まれました。また、長かったり、漢字が多かったりする文章が得意でない方にとっても理解しやすい文章として注目を集めています。様々な観点からも、本展はチャレンジングなものだと言えるでしょう。
次に、おすすめの作品を3つピックアップします。
1.アレクサンダー・コールダー/《水平》
1898年、アメリカのペンシルベニア州に生まれたアレクサンダー・コールダー。 コールダーは、風やモーターなどで動く 「モビール」というスタイルの彫刻や、鉄板を組み合わせて作られる「スタビル」というスタイルの彫刻作品などでよく知られています。
こちらの作品《水平》は、 1963年に描かれた水彩画です。この絵の中にもある丸や三角、 影がかかった球などはコールダーの絵の作品によく登場するモチーフです。
触図としては、筆で描かれた線や色で塗られた形を凸状に浮き上がらせています。色の違いはそれぞれの色を点や線の模様にしています。何色がどの模様なのかがわかるような触図の色見本が触図の左側にあります。触図で色を伝える模様に決まりはないので、今回の色見本のルールはこの作品だけのルールとなっています。
2.フランク・ステラ/《イスファハーン》
1936年、アメリカ・マサチューセッツ州に生まれたフランク・ステラ。 ステラは元々、できるだけ色々なものを省いて、少ない色や形だけで絵を描く 「ミニマリズム」というスタイルの先駆けの芸術家とされています。 1960年頃からは、キャンバスの形をよくある四角形ではなくて色々な形にしたり、たくさんの色を使った大きな作品も制作。
ステラは 1963年にイランに行き、たくさんの綺麗な建物に感動したといいます。色とりどりのストライプと丸が組み合わさったような形が特徴的なこの作品は、イランの古い町の名前 「イスファハーン」からタイトルが付けられています。
この《イスファハーン》は、人間の身体よりかなり大きな作品(306.0cm×611.5cm)で、本館のコレクション中で最大のもの。その大きさを感じてもらうため、作品の上部分を模型で実際の大きさで表現。模型の横幅は作品と同じ大きさです。
吉川曰く「最初、全く同じものを模型で作ろうと思ったのですが、そうすると上部分がさわれないので、大きさはわかるけどわからないとなってしまう。そこで、この下にあと130cm位あるというのが分かる模型を作りました。立っているところの地面から下に130センチあるというは、視覚障害のある方に実感してもらいやすいそうです」
3.伊庭靖子(いばやすこ)/《Work 2011-5》《Work 2011-6》
1967年、京都府に生まれた伊庭靖子。 伊庭は、果物や 陶器を写真撮影したものを基にして絵を描いているアーテイストです。 《Work 2011-5》と《Work 2011-6》は、主に江戸時代に滋賀県の彦根で作られていた湖東焼(ことうやき)の器をテーマにした作品です。 絵では器の全体ではなくてズームアップした表面が描かれています。さわった感じや光の反射、まわりの空気感も感じ取ることができます。
触図は、作品を制作した伊庭氏と、視覚障害のある光島氏、触図制作者の小川氏が相談しながら制作。この触図は本来の触図と作り方が全く異なっています。触図はさわってわかりやすいように作っていくので、わかりづらくなる光と影を外して輪郭線を追っていくことが多くなります。ですが、本作品ではあえて光と影や、だんだん見えなくなる箇所も表現してます。また、陶器の地を白ではなく、小さな四角の集合体で薄いグレーで表すなど、工夫がみられます。
作品の右の壁には、小川氏が制作した触図の試作を皆でさわり、話し合う様子を撮影した映像が映されているので、こちらもぜひ鑑賞してみてください。
以上、見える人、見えない人、見えづらい人、色々な人が楽しめる「さわるSMoAコレクション」をご紹介しました。触図を使った触覚を通しての作品との出会いは、普段視覚を使って作品を鑑賞している人にとっても新しい体験になるのではないかと滋賀県立美術館は考えています。ぜひ、滋賀県立美術館の「さわるSMoAコレクション」展を鑑賞することで、豊かな時間を送ってみてはいかがでしょうか。
■「さわるSMoAコレクション」
会期:2023年10月7日(土)〜12月20日(水)
休館日:毎週月曜日
開館時間:9:30-17:00(入場は16:30まで)
会場:滋賀県立美術館 展示室2 滋賀県大津市瀬田南大萱町1740-1
観覧料:一般/540円(430円)
高校・大学生/320円(260円)
※( )は20名以上の団体料金
※常設展のチケットで展示室1、小倉遊亀コーナー、展示室2を観覧可
※中学生以下、県内居住の65歳以上、身体障害者手帳等をお持ちの方は無料
◎毎週日曜日は「木の家専門店 谷口工務店フリーサンデー」
常設展示をどなたでも無料で観覧可能です。
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