アートとこころ ~4.こころにアートで触れてみる!「触れる」ことと癒しの関連性とは?~

アートとこころ ~4.こころにアートで触れてみる!「触れる」ことと癒しの関連性とは?~

身近なようで、案外気づかない自分のこころ。
知らない内にストレスを溜めていたりしませんか。

そんな時、こころのガスを抜いてくれたり、気づかぬ自分を発見させてくれる。アートにはそんな効能があります。

アートを介してこころを癒やす芸術療法をご紹介する「アートとこころ」第4回目では、「触れる」ことでこころを見つめる芸術療法、「箱庭療法」を取り上げます。

「箱庭療法」ってどんなもの?


「箱庭療法」は1965年に河合隼雄(1928~2007)によって日本に導入された心理療法です。

その誕生の背景にはなんとSFの父とも称されるH.G.ウェルズ(Herbert George Wells,  1866~1946)の存在が。

彼の著作『フロア・ゲーム』(Floor Game 1911)に着想を得たイギリスの小児科医マーガレット・ローエンフェルト(Margaret Lowenfeld,  1890~1973)が、遊びの要素を取り入れた子どものための心理療法「世界技法(The World Technique)」を考案、このテクニックをユング派のドラ・カルフ(Dora Kalff,  1904~1990)がユング心理学に基づき更に発展させたのが、「箱庭療法」なのです。

ちなみに「箱庭療法」という名称は河合隼雄の翻訳で、元々は英語で「Sandplay Therapy(サンドプレイセラピー)」ないしはドイツ後で「 Sandspiel Therapie(ザントシュピールテラピー)」と呼ばれています。

箱の中の空間を山水にみたてて、植物や土等を入れ込み美しいミニチュアの景観をつくって楽しむ「箱庭」。カルフの療法にふれた河合は、そんな「箱庭」遊びを連想したのだとか。

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「箱庭療法」で使用する箱は、最初砂が平らにしきつめられた状態です。その砂に自由に触れ、思う通りにミニチュアを置いていくところから療法はスタートします。
箱の内側は青色に塗られており、砂地を底までほると水の流れが出来たかのようにみえます。「箱庭療法」では、自由に砂地を形作り、ミニチュアをあしらうことでできた「箱庭」を通して、こころを見つめ、癒していきます。


「箱庭療法」での「触れる」意味


河合隼雄は、「箱庭療法」で砂に「触れる」ことが、治療に必要な適度な「退行」をもたらしてくれると考えました。

子どもの頃の砂遊びを思い出してみてください。砂はお団子やケーキになったり、山や川にもなれる、あらゆるイメージを表現することの出来るものです。
また、最初は「これを作ろう」と決めていなくても砂を触っているうちに、思いがけない大作が完成していたこともあるでしょう。

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同じく「箱庭療法」でも、砂遊びをする子どものように砂に触ってイメージを膨らませることで、肩の力が抜け、自由なこころの表現が可能になります。
それだけでなく砂には作品を作った人の指の動きの跡が残ります。几帳面であったり、ためらったり、逆に力強かったり、様々な指の跡は、その時々のこころの状態、動きを表しています。そのため箱庭を見る人は、残された痕跡から作った人のこころを辿ることもできるのです。


箱庭①


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この箱庭では左上の砂を下に寄せることで海と陸がしっかり分かれています。
右下の家の周りには指で線が引いてあり、道のようになっており、その上を人と犬が追いかけっこしているような情景が作り上げられています。

箱庭を見るための1つの指標としては、「グリュンワルドの空間図式」が有名です。

グリュンワルドの空間図式

「グリュンワルドの空間図式」


「グリュンワルドの空間図式」ではその配置によって、心理状態を推察することができます。この図式に沿って、箱庭の左上部分をみてみると…船に乗った人々が旅立つ様子が表現されています。

図式左上の領域は生への受動性を示します。

それを踏まえると、この箱庭からは、生きることに対して、能動的であるより受け身な姿勢へ心が動いていることが分かります。また船の向かう先は「グリュンワルドの空間図式」では「過去」や「内向」を示す左側に向いているため、人生を生きていく上で積極的に行動を起こすよりも、心の中で願望を抱き続けている状態にあることがうかがえます。

海の近くに注目した写真です。

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海と陸をしっかり分けるために砂を一生懸命寄せた指跡が箱庭からわかります。砂はさらさらと崩れやすいのですが、丁寧に手で世界を分けようとしたことがうかがわれます。それにより、旅立つ船と見送る人々の別れがより強い意味を持つように読み取れます。

この船が心の中の願望としっかり向き合って、再び人生への能動性や未来への志向を示す右側の陸地に戻ってこられた時、現実世界でも自分の意志を積極的に発揮して行動することができるようになるでしょう。

それまで、旅路をどう乗り越えていくかが課題になりそうです。

箱庭②

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この箱庭では中心の砂を寄り分けることで川が表現されています。

引き続き「グリュンワルドの空間図式」をもとに見ていきましょう。

図式上部は「意識」を示す領域。箱庭の同じ部分に目を移すと、花や木の実で華やかに飾られ、現代文明を連想させる家や車や人などのミニチュアが置かれています。その一方で「無意識」を示す下の部分には、木と動物のミニチュアだけが置かれています。

「箱庭②」からは意識的には現代社会に適応した文明的な人物であろうとしている様子がうかがえます。一方で、無意識にはもっと素朴で穏やかな世界を望んでいるかもしれません。

この「意識」と「無意識」の世界は川で区切られていますが、「箱庭①」と比べると川と陸の境目が曖昧で、川の始まりと終わりも砂が崩れて埋もれてしまっています。

また川の右上には舟、中央や左下には魚のミニチュアが置かれ、川には橋が架けられているなど、陸同士は分かれているもののいつでも行き来できる程度に繋がっている印象を受けます。

左下の角から撮影した写真です。

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川の中心の砂が崩れ、川が途切れかかっているのが分かります。

一方で左上には砂で高く寄せられ、丘のようになっているのが見えます。「箱庭①」ほどに丁寧な作業ではないですが、砂で自分の世界を表現しようという意思があるように感じられます。
「箱庭②」の作り手は、2つの心の世界を柔軟に行き来できる反面、心のバランスを取ることに苦労するかもしれません。心のバランスが崩れそうになった時に支えとなるものを見つけておくことが後々助けになるかもしれませんね。

 

箱庭療法に「触れる」ことの癒し


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箱庭療法では作品を作ることを目的としません。砂箱の砂に触れているだけでもその人の心は表現されていると考えます。

砂場で遊ぶ時、砂は人のイメージを受け取り、応えてくれます。一方同じ砂でも、黄砂は人の身体を傷つけ、暴力的に侵入してきます。

そのような両面性のある砂に対し、どのように「触れる」のか。
その様子から、その人のこころが世界をどのように受け取り、世界とどのような接点をもっているのかをうかがい知ることができます。

箱庭を見る人もまた、見る行為を通して、箱庭を作った人のこころに「触れる」ことになります。

その際グリュンワルドの空間図式などの知識を用いることもありますが、基本的には目の間にある箱庭を作り手と共に眺めて、自分のこころに浮かんだことを素直に受け取るとともに、作りてのこころを見つめていきます。

箱庭の砂に「触れる」こと、そして作品からこころに「触れる」こと。
箱庭療法は「触れる」ことで表現されたこころのアートなのです。

 

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